Episode16:ところで(前編)




 コツは弾く瞬間にだけ力を入れることなのだ。
 それまでは無駄な力が入らないように弛緩し、弦を弾く瞬間にだけ傾きの大きな曲線を描くようにして力を入れる。指は隣の弦に当てて止める。その時点でもう次の指が振り下ろされていること。俺の握ったベースからリズムがうちだされてドラムに寄り添い、ベースラインがギターと歌を乗せる。この位置が好きなんだ。俺はこの位置がいい。
「しゅーくん!」
「んあ? 何?」
「もっとギター聞いて! ここキュンキュンなってるでしょ?」
「キュンキュンって……ああすいません聞きます」
 違うこと考えていたのがばれたか。凜はふくれっ面のまま顔を背けた。哲平と目が合うと、哲平はニヤリとしてまたカウントを始めた。口には出していないのにみんなサビの手前所から始める。三人が重なり、歌が始まる。
 ああ、どうも、桂木鷲です。現在文化祭前日の練習でかれこれ6時間くらいぶっ通しで凜の家でスタジオ練してます。あの日……俺と凜がまた話すようなった日から、ずっとこんな感じで練習し続けている。学校とスタジオと家を往復し、何も言わずに三人で集まり何も言わずに練習を始める。疲れを感じることはなかった。むしろ弾いている方が色々ややこしいことを忘れられるので良かった。
 ああ、うん、そうだね。この話を言っとかなきゃならんのね。俺はあの日酔った凜から、お、俺のことが好きだ、という事実を聞かされた。あの日は気が動転して、何にも言わずにとりあえずガバガバ飲んでリビングで寝たが……次の日二日酔いでふらふらだったことは言うまでもない。柚木に「だから注意したでしょこのオタンチン!」とものすごく怒られた。オタンチンって表現が死んでる気がするんだけどその辺は無視した。演奏が急に止まった。
「凜、ちょっとそこギター走りすぎてる。後、鷲もうちょい集中できないか?」
「ゴメンレー」
「ああ、ごめん。ってか凜謝る気無いだろ」
「うん!」
 いやそんな自信たっぷりにいわれても。あきれ顔の哲平がまたカウントを始め、今度はAメロからスタートした。……哲平には悪いがもう少し思考を続けさせてもらおう。
 それで、あの朝、哲平も柚木も何があったかは問い詰めなかったが……なんとなくバレてる気はする。哲平は前後関係知ってるわけだし、柚木はあの鋭さだ。ばれてない方が不自然だと思う。一方凜は俺の家に来て選曲を始めた時から以降の記憶を完全に失っていた。起きてきた凜の第一声は「あれ? ここどこ?」だった。まぁ嘘ついてる可能性がないでもないんだけど……あの寝起きのマヌケ面は俺を信用させるのには十分だった。こいつ、覚えてねぇや。
 かくして凜の酔った勢いで告白事件は俺の胸の中だけに記録され、めでたく(?)コールドケースとなった。いや、俺は、ゆ、柚木が好きだってのもあるけど、可愛くないとか、好意がもてないとか、付き合いたくないとか、そういうことじゃない。今は考えられない、というだけだ。俺が黙っておけばこのままでいられるなら、俺は俺の思考停止の為に黙っておきたいのだ。ああ、チキンとでも何とでも言え! ただ、素面で凜に告白されたらどうしようか、っていうのはある。でもなぁ……なんで俺なんかを……。
「しゅーくん大丈夫?」
「え?何?」
「ちょっと長く続けすぎたな。集中力が切れてきてるんだろ」
「あ、ああ、すまん。ってか腹も減ったしな」
「なんか食べに行かない? 前夜祭ってことで!」
「おお、下ネタ女にしてはまともな意見!」
 哲平がニヤニヤしながら茶化す。下ネタ関係ないだろ。
「むー……もう否定するのに疲れたから逆にオープンに行こうかと思うようになった」
「それはそれでどうかと」
 俺が溜息混じりに言うと、凜はにやっと笑った。

 

 俺たち三人は一ノ瀬家から徒歩5分の中華料理屋に行った。凜の行きつけの店らしい。この年齢で行きつけの中華料理屋があると言うことに一抹の不安を感じたがティッシュに包んでぶん投げた。まぁ発想がおっさん臭い凜ならあり得ないことはない……よな? 三人で店の隅のテーブル席を陣取った。俺は中華料理屋に入るのが久しぶりすぎてメニューを見てひどく混乱した。何頼んだら良いんだよ? 凜はおしぼりで手を拭きながら店長のおっさんにオーダーした。
「おっちゃん! 例のアレで!」
 なんだよ例のアレって。
「あいよ! ヤ○ザの兄ちゃんとイケメンの兄ちゃんは?」
「ヤ○ザちゃうわ!」
「イケメンちゃうわ!」
「ワッハハハハハハハ」
 おっさんは恐ろしくでっかい声で笑った。カウンター席に座っていた初老の男性がビクッとなっているのを目の端で捉えた。うん、なんだろうな、このおっさんも変人臭がする。
「じゃあ、天津飯セットで」
「あいよ、イケメンは?」
「なんかあだ名みたいになってるな……あ、じゃあエビチリセットで」
「お、良いとこ突くねしゅーくん。この店のエビチリは最強だぜ?」
「料理に対して『最強だ』という形容動詞は用いない」
 なんだよこのテンション……正直俺疲れてるのについて行けねぇよ。
「そういや、鷲、お前のクラス明日何やるんだ?」
「んー? ああ、喫茶店とか言ってたな。シフトは一日目の3時間だけだから2日目のライブには影響ないぜ」
 体育祭の時と違って今回はきちんと話し合いに参加した。一年生は自分の教室を使った出し物や店舗をすることになっている。接客なんて俺に出来るわけがないので厨房に入れてもらった。因みに大嶋さんは愛想良いし女子なのでフロアだ。自明の理だよね。
「えー! しゅーくんが『いらっしゃいませご主人様―!』ってやるの?!」
「違う。そんなピンポイントな層の客しか呼べない喫茶店じゃないって」
「それはそれでイける」
「ちょ、やめて!」
 これ以上俺を傷物にするのをほんと止めて欲しい。
「お前らは? 哲平が接客とかマジ勘弁」
「俺もそう思うけどお前に言われたかない」
 それもそうだな。
「……うちのクラスは確かミニゲームだったな。輪投げとか射的みたいな」
「なるほど……そっちの方が楽そうだな。因みにお前は何の役なんだ?」
「良く考えてみろ。ミニゲームなんて顧客層が近所の小中学生に限られる。と言うことは、俺は表舞台に立てない」
「おおー!納得の理由だね!」
 自明の理だな。哲平のクラスメイトが正常な感覚を持ち合わせていることがきっちりと証明されたわけだな。めでたしめでたし。いや、何もめでたくねぇけど。
「で、凜は?」
「え、……私……? あー、それは、あれだよ、ほら」
「どうした?」
 凜が慌てだした。また何かやらかしたんだろうか。というかこいつがクラスで何やらかしたのかまだ知らないんだけどね。
「あの……その……お……」
「お?」
「お、お化け、屋敷」
 何 と い う 俺 得 。
「絶対一クラスはやると思ってたんだよ……俺の暮らすの企画段階で俺もこっそり上げといたのに女子からの反対票のせいで達成できなかったんだ……!」
「おい、鷲、とりあえず落ち着け。で、凜は何の役なんだよ」
「ん? 人数の関係で企画に入れられてたんだけど……」
 ああ、お化け屋敷の中身を考えられるのか……すっげぇ楽しそう! 俺もその役やりたい!
「けど?」
「企画段階で怖すぎて気を失った」
 哲平と俺は顔を見合わせて黙り込んだ。中華料理店に暫しの沈黙が訪れる。残念すぎて目も当てられない。
「むー! 今絶対心の中で馬鹿にしたでしょ!」
「されてないと思う方がおかしいぞ」
 哲平、ナイスツッコミだ。怖い話してる時点で怖がるとか。クラスメイトが一言喋る度に「むー!」とか「うー!」とかいって慌てふためく一ノ瀬凜……うん。正直萌える。
「しゅーくん、今絶対エッチなこと考えてたでしょ」
「考えてねぇよ! 少なくともエッチなことではねぇよ!」
「嘘! 男は狼なんでしょ!」
「いや、寧ろお前の方が狼だろ」
「黙れイ○ポチキン!」
「いや、チキンは認めるけど、そこまで言わんでも!」
「へいお待ち! ヤ○ザが天津飯ね」
「だからヤ○ザじゃねぇって」
 店長がにやにやしながら頼んだ品を持ってきた。天津飯セットと、エビチリセットと、無駄に野菜がいっぱい乗ったラーメンだ。こんなメニューあったっけ……どうやら、凜専用の裏メニューらしい。
「あと凜がこれで、イ○ポがこれね」
「ちょっ、呼ぶならチキンの方にしろよ!」
「あはははは」
 あんまり知らない相手にイ○ポ呼ばわりされたことに若干腹が立ったが、何も言わなかった。まぁいいや……凜が笑っていたから。



 文化祭一日目の土曜日の朝は見事な秋晴れだった。
 俺はベースを担いだまま、空を見上げた。涼しい秋風が俺の横を全速力で通り過ぎていった。天高く馬がなんたらかんたらとか言うけど、確かに空はいつもよりもずっと果てしなく高く見えた。……やっぱ一年の中でベストは秋だよな。そう、春だの夏だのといってる奴は素人だ。秋こそキングオブシーズン、つまり季節の王だ。何言ってるのか自分でもわかんないけど、とにかく、俺は秋、特に晩秋が好きなんだ。自分の誕生日が十一月っていうのもあるんだけどね。冬へ向かっていく陰鬱な雰囲気が特に好きだ。どうでもいいけど。
 学校に着くと、早めに集合した人たちがもう準備を始めていた。いつもあれだけ気だるそうにしているクラスメイトたちが、生き生きとした顔で働いている。学校に来てるのに勉強しなくて良いってのがなんか嬉しいんだよね。ハレの気というのだろうか。この高揚感が身体をむずむずさせた。俺も頑張らないといけない……と言っても午前はシフト入って無いからいいんだけど。俺はひとまず空いたスペースにベースと荷物を置いて、伸びをした。うーん、午後まで何しようか……ま、することないし練習だよな。文化祭なのにすることないとはこれ如何に。普通なら友達と一緒に回ったり、彼女を連れて歩いたりとかするんだろうな……ちっ、リア充消えろよ。俺はあれこれと考えるのを止め、再びベースと荷物を担ぎ直すと、賑やかに準備をしているクラスメイトに背を向け独りで練習できそうなスペースを探すことにした。
 廊下はどこを歩いていてもやはり「ハレの気」で溢れていた。忙しそうに動き回る生徒が眩しく見えた。各クラス、出し物の営業時間のスタートに向けて最終調整を行っているみたいだ。廊下を見回して看板を眺め、各クラスが何を出しているのか見てみた。1組がお化け屋敷、2組が占い、3組が迷路、4組が焼きそば屋、我らが5組が喫茶店、哲平の6組がミニゲームだな。なんか上手くばらけたもんだな。多分文化祭実行なんたらかんたらとか言うやる気のある集団が頑張って調整したのに違いない。俺の知らないところで活躍していらっしゃる人がいっぱいいるんだな……みんな偉いよ。あとどうでもいいけど迷路ってなんだよ。
 4組の前までぼんやりと歩いて行くと、同じくベースを持ってぼんやりと立っている小さな女の子を見つけた。なっちゃんだ。俺が見ていると、小さく手を振りながら近づいてきた。
「桂木君、おはようです」
「ああ、おはよう」
 なっちゃんは若干舌足らずの高い声で俺に話しかけてきた……すごい声だな。でも、なんとなく物腰や話し方が明らかに他の女子と違って柔らかい気がする。その辺はやっぱり育ちが良いからなのかなと思ってしまう。
「今日のリハって何時からでしたっけ」
「あ、えーとね……6時半から野外ステージだよ。それまで暇だね」
「ですね。午後からクラスで働かないとなんですけど」
「あ、俺もだ。それまで何する?」
「え? えーと、まだ決めてないですけど」
 そうだ、哲平との賭けの話を思い出した。そういえばあの後ゴタゴタしててなっちゃんや大嶋さんに報告するの完全に忘れてた。
「なっちゃんさ、今から哲平とベース練習しない?」
「いっ、今ですか?」
 なっちゃんの目の色が明らかに変化し、焦り始めた。感情がわかりやすくて助かるよ。凜とかわかりやすいようで何考えてるか全くわかんねぇからな。柚木なんて全くわかんねぇ。
「そう、今から二人きりで」
「な、なんで?!」
「こないだ賭けして勝って、『なっちゃんと練習』の約束を取り付けたんだ。そうしてたらいくらあいつでも昔のこと思い出すかもしれないぜ」
「そ、そうですよね、いいですよね、それ。で、でも、話が急展開過ぎて! うぇぇ?!」
「とりあえず落ち着こう」
「ででででもそそそそんな急に言われても阪上君の時間の都合とかもありますし何より心の準備がががが……」
「今聞いてみるけどあいつ絶対暇だぜ」
 だって表に立てないって言ってたもんな。俺はなっちゃんを片手でなだめながらもう一方の手で哲平に電話をかけた。
「もしもし、元気?」
『まぁまぁだな。お前にメールで聞こうと思ってたとこなんだが、今日のリハって何時からだっけ?』
 いつも通りのドスボイスが帰ってきたので安心した。普通に怖いけど、これは機嫌が悪くないときの声だ。こいつ不機嫌な時はとことん不機嫌だからな。
「6時半から野外ステージだ。ところで、哲平、今暇?」
『超暇。今練習室(仮)でドラム叩いてた。旧校舎人が少なくて穴場だぜ? お前も来る?』
「あのさ、俺の代わりになっちゃんが行って良い?」
『はぁ? 誰それ?』
 上気した顔で不安そうに見つめるなっちゃんを俺は心底憐れんだ。……もうこいつ死ねば良いのに。
「体育祭の時の賭け、覚えてるか?」
『あ……ゴタゴタしてて忘れてたな。すまん。その子か』
 まぁ俺もさっきまで忘れてた訳だから哲平に偉そうに言えた口ではないのだが、一応黙っておく。世の中には言わない方が良いと言うこともたくさんあるんだよ、多分。
「で、今から行くから、待ち構えておけ。時間はその子がもう良いっていうまでな」
『んあ、オッケー』
 俺は電話を切ってなっちゃんに話しかけた。
「暇だからいいってさ。場所は旧校舎1階の1番奥の部屋ね」
「え、でも……」
 なっちゃんはまだ不安そうな顔をしていた。まぁね。突然こんな展開になったんだから焦るのも分かるし躊躇するのも分かる。俺はなっちゃんを安心させるように笑いかけた。
「大丈夫だって……途中まで一緒に行こうか?」
 小さく頷いたなっちゃんの背中を後押しするようにして俺は歩き出した。外から客が入ってきたのか、廊下はさっきよりも人混みと熱気で溢れていて、なんだか靄がかかっているように見えた。



「桂木君。何かいうことは?」
「……すいません」
 エプロン姿の大嶋さんが厳しい目で俺を見つめている。なんかお母さんみたいだな。
「どうして言ってくれなかったの! そんな面白……じゃなかった、大事なこと!」
「今面白そうって言いかけたよね」
「うっ、いっ、言ってない!」
「そこまでにしときなよ、ユーコ。桂木君にしては良くやった方じゃん」
 ツッキーが大嶋さんを遮りながら紙コップにつがれたコーヒーを啜っている。俺はなっちゃんを見送った後、結局一人で屋上練習を敢行し、定時になったのでクラスの手伝いに行った。オーダーされた飲み物を注ぐという極めて単純な仕事をこなしていたが、一時半を過ぎた頃から出入りが減り、歩き疲れた客のたまり場になっていた。
 しかし堪え性のない俺は隙を見てサボり、午前のシフトを終えボーッとしている大嶋さんと冷やかしに来たツッキーと話していたのだ。そこでなっちゃんの話をしたら聞いてない、と言われてキレられた。で、大嶋さんの猛攻が止まって、今に至る、というわけだ。
「その場のノリと勢いで決めたんだ。今日行くって決めたのも思いつきだったし」
「上手くいってればいいんだけどね……」
 なっちゃんの身を案じる大嶋さんは不安そうに上を見上げている。窓からは柔らかい西日が差し込み、教室内を明るく照らしている。ツッキーは顎を掻きながら俺を見上げた。
「あの男だからね。どうなるかね」
「いや、哲平は、優しい奴だと、思うよ、多分」
「何でそんな自信なさそうなの……」
 だってあれだけ人の顔覚えない奴だとは俺も思わなかったからね。でも、もしかすると、知らないフリしてる可能性も無くもないな。昔なっちゃんと、あるいはなっちゃん絡みで色々あったから「あのことは……思い出したくないんだ……」的な鬱過去展開が! まぁそれなら一緒に練習するのも拒絶してるか。そこでふと大嶋さんを見ると、彼女は黙り込んで考え込んでいる俺を訝しげに見つめていた。
「桂木君、さっきからボーッとしてるけど、仕事しなくて良いの?」
「何にも言われない内はいいかなって」
「発想が既にダメ人間だよね。ギャハハハ」
 ……仰る通りでございます。
「ツッキーは? 何も仕事しなくて良いの?」
「ん? 午前で終わったよ。焼きそば臭くね?」
 俺は注意深く匂いを嗅いでみた。あ、確かに。
「うん、どこからともなくソースの匂いすると思ってた」
「やっべ、そんな匂う? 後で着替えてこよっかな……」
「桂木。何してる。働けよ」
「……ぁい」
 とりあえず返事だけして後ろを向くとクラスメイトの木上が怒ったような、困ったような顔で立っていた。なんかこの展開体育祭の時とデジャヴだな。俺は渋々立ち上がった。
「それより大嶋、ちょっと相談があるんだけど……時間くれる?」
「あ、うん、いいよ。じゃ、ツッキー、桂木君、また後でね」
 そういえば、木上って大嶋さんのこと好きだったよな。でも今回は大嶋さんと共にクラス企画の実行メンバーに入ってるみたいだから正当な理由と言えば正当か。あ、でもそれを狙ってメンバーになるのを志願したのか……だとしたら凄く不純な奴だな。教室の外へと消えた大嶋さんの背中を見ながら、ツッキーが実に意地の悪そうな顔で笑い出した。
「桂木君、今の、どうよ? ギャハハハ」
「どうよって……下心しか見えなかったけども」
「だよねぇ、ゲスっぽいよねぇ、ギャハハハ」
 まぁ木上の態度に腹が立たなかったと言えば嘘になるけど。でも木上もそんな笑い方の奴にゲスとか言われたくないだろ、とは口に出していえなかった。チキン!
「大嶋さんって実はモテてるのかな。あんま知らないけど」
「中学の時は、そうだな、地味で真面目ヅラで面倒な感じの男にモテてたよ」
 ツッキーはニヤニヤしながら俺の顔をたっぷりと見た。なんだよ気持ち悪いな。
「そう、丁度あんたみたいなね。ギャハハハ」
「悪かったな、地味で真面目ヅラで面倒な男で。まぁでもツラであって真面目ではないけど」
 でもツッキーの言うこともわからなくもない。今のままの大嶋さんの性格なら、チャラい男だろうが地味な男だろうが、不良っぽい奴だろうが真面目そうな奴だろうが、分け隔て無く話せる女の子だっただろう。俺みたく女子に話しかけるのが苦手なチキン男はそういうタイプに憧れる傾向がある、と思う。……心当たりがある人が多いはずだぜ? どうだよ? こいよ?
「ま、そんなに卑下する必要は無いと思うけどね。桂木君の場合」
「なんで?」
「ある程度モテそうな見た目じゃん。そうだね……地味そうな女の子にモテてそうだね」
「じ、地味ねぇ……」
 咄嗟に柚木と凜の顔を思い浮かべた。柚木は、ギャルっぽい格好を嫌がる奴だけど、発言力と行動力で影響力を妙に持つ奴だったからな。地味とは言いにくいよな。凜は……地味じゃないよな。見た目は地味っぽいけどあれだけ特殊性癖と特殊能力を持っていれば嫌でも目立つ。二人とも地味ではないと思うし、そもそも柚木は俺のことが好きなわけではない。でも凜は俺のことが……って、何考えてるんだ俺ぐわあああああああ。
「どうした桂木君。突然赤面して」
「いや、なんでもないっ、てばよ」
「おう、某忍者漫画みたいになってるよ。ギャハハハ」
 クソ、色々思い出して焦っちゃったってばよ! ってか何で俺はツッキーとこんな話してるんだろうか。でも俺のコミ力向上の為だと思って俺は我慢して続けた。良薬は口に苦し、ってな。
「俺が地味な子にモテるってのは無いよ。多分。地味な子ってもっと運動部で真面目に汗流してるような子にキュンってくるもんじゃないの? イメージだけど」
「いや、地味な子って実は理想が高い奴が多いんだよ。……ユーコとかね」
「え? 大嶋さん?」
「おっと、今のは失言。忘れて、忘れて。ギャハハハ」
「……笑って済ますなよ」
 そんなもんなのだろうか。俺は首をかしげた。大嶋さんが面食いだとすると木上は……どうだろう。微妙だな。でも大嶋さんが面食いって。無いと思うけどね。



 シフトが終わっても大嶋さんは帰ってこなかった。
 木上に「一緒に回ろう」とか言われたんだろうな。大嶋さんのことだから断るに断れずに一緒に回ってるんだろう……ちょっと困った顔になっている大嶋さんの顔が容易に想像できる。大嶋さん、あんまり期待させない方が良いと思うぜ、面倒くさくなるから。
 で、結局一人ぼっちの俺はまた屋上まで行くことにした。今は3時半くらいだから、リハまで3時間ほど暇だし……それまで練習したり昼寝したりしよう。今日は日差しが温かくて風が強いから屋上が気持ちいい。
 そんなことをのんびりと考えながら俺は鼻歌を歌いながら階段を駆け上がっていた。すると旧音楽室から突然ピアノの音が聞こえてきた。「トルコ行進曲」だ。最近知ったんだけど、正式名称は『ピアノソナタ第11番イ長調K331の第3楽章 ロンド「トルコ風」』なんだけど覚えてる奴とかいるのかな。そもそもソナタの一部だったと言うのが驚きだ。よく聞いているとピアノに混じってキンキンに歪んだギターの音が聞こえてくる。……なんだこれ。
 俺は旧音楽室に近づいてみた。誰かと誰かがピアノとギターでセッションしているようだ。少しインテンポより速かった。最初のフレーズはピアノが引っ張るように弾きギターはバッキングに徹していたが、ファンファーレ風のフレーズになった時メロディがギターに移りピアノがその後ろで和音を豪華に鳴らしている。ってかこのピアノ上手いな。少し鳥肌が立った。
 速弾きの所はギターとピアノが完全にユニゾンし、高速ユニゾンフレーズになっていた。最初の主題に戻った後は、さっきとは打って変わって、ギターがアルペジオを高速で弾き始めた。……こんな滅茶苦茶なギターを弾ける奴を俺はこの学校で独りしか知らない。ピアノが最後の和音を荘厳に奏でるのを聞いてから俺は音楽室の扉を開けた。
「やっぱお前か」
「きゃあ! 変態!」
「変態はお前だろうが」
 ストラトを構えた凜がおどけているのを見て盛大に溜息をついた。やっぱこいつしかいないよなぁ。ふと、奥でグランドピアノを弾いている人を見て、俺は目を見開いた。
「……意外だな」
「みんなそういうよね。ギャハハハ」
 茶髪にピアスに眠そうな目。ツッキーがピアノを弾いていた。
「いつからやってんの?」
「小学校の時。昔はもっと真面目に弾いてたんだよ。コンクールとかで賞もらってた」
「へぇ、凄いな。今はやってないの?」
「時間潰しに弾いてるくらいかな。コンクール出るほどの闘争心も無くなったし、コンサートで人に聞かせるほどのものでもないし。要は自己満足だよね」
「つまりオ○ニーだよね!……いったぁ!」
「一回黙れよクズが」
 俺は凜に拳骨をくらわせた。こいつ一般人の前では遠慮してるんだと思ってたのに! 俺が赤面しながら凜を見てイライラしているのを見て、ツッキーはニヤっと笑った。
「ま、正直なところオ○ニー以下だけどね。気持ちよくもないし。ギャハハハ」
「っ……じゃあ何で弾いてるんだよ」
「だから暇つぶしだって。暇なときの手遊び」
「マ○ター○ーションとも言うよね!……いったぁ!」
「一回死ねよクズが」
「二度もぶったぁ! 親父にも……あ、ぶたれたことあるか」
 いやに正直なア○ロだな。俺と凜の茶番を無視するようにしてツッキーは話を続けた。
「文化祭って言っても回るところもないし、友達みんな忙しそうだから独りで遊ぼうと思ってここに来たんだ。そしたらこいつがどこからともなくやってきて……」
「なんかマゼッパ聞こえてきたから誰が弾いてるのかなぁ、と思って」
「マジか。それなら俺も寄っていくわ」
 ツッキーは実はスペックが高いという事実を知ってしまった。なんだこの敗北感。ってかいつの間にか凜はツッキーに馴染んでたんだな……祭りの時はおどおどしてたのに。
「速い曲弾いてる方がなんか色々考えなくて済むからいいんだよね……」
「何でそんな悟ってるんだ」
 俺がそういうと、ツッキーは少し笑って黙り込んだ。なんかいつもと違って雰囲気が暗いな……大嶋さんがいないからだろうか。凜が手持ちぶさたそうにギターを振り回しながら話した。
「ツッキー、ずっとこんな感じなんだよ。ね、なんかあったの?」
「別に。偶に鬱になる時ってない?」
「「あるある」」
 俺と凜の声が重なったので思わず顔を見合わせた。それを見てツッキーがさもおかしそうに笑う。
「あんたら……喧嘩してたんじゃなかったの? 仲直りしたの?」
「ツッキー、空気読んで!」
「おっと、ゴメン。ギャハハハ」
「むー……」
 ツッキーって偶に空気読めないよな。赤面してうつむく凜を見て俺は慌てて流れを取り戻そうとして話を続けた。
「仲直りっていうか……誰が悪かったとか誰が謝るべきかとかそう言うのを考えるのを止めようっていうか」
「状況分かってないけど、お互いに考えないことにした、てこと?」
「うん、大事なのはこれからだしな。過去のことなんかよりも、な」
「そう、だよね」
 凜が俺の方を見上げたのを目の端で捉えた。少し、ほんの少しだけど顔が明るくなったように思った。……そうだ、そうだよな。凜は俺のことが好きだとか、まだはっきりもしてないことをクドクドと考えても仕方が無い……大事なのは次のライブだ。俺たちは音楽をやってるんだ。
「ま、何にせよ仲良くやってよね。レフトオーバーズには期待してるんだから」
 ツッキーがニヤニヤしながら呟いた。



(後編へ続く)


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