Episode07:世の中そんなに甘くはない




 ちょっと困ったことになっている、と言うと、俺は入学以来だいたい困っていたのでまぁデフォルトじゃねえか、とも言いたくなるが、まぁ有り体に言うと、今ちょっと困ったことになっている。
「で、どうするんだよ。」
 哲平が睨む。いつもより厳しい目だ。つまりいつもよりヤ○ザ度が増している。
「どうしようもねえよ。そもそも俺らが悪いんだから、何も言い返せない」
「むー、でも、アレをほったらかしにしてたのも先生だし、それに先輩も気づいてなかったらなぜそれを早く言わなかったし、って感じだし!ぷんぷん!」
 くちでプンプンって言うなよ。ってかプンプンと言えば浅野先生か。みんな、ソラニンもいいけど、映画化されたからってソラニンばっか読むんじゃなくて、こっちも読めよ。……何の宣伝だよ。
「まぁ、落ち着けって。ちょっとしたトリックがあるんだよこの話」
「へ? トリック?」
 凜が不思議そうな顔をする。哲平はまだアレ顔を崩さない。俺は溜息をつきながら、二人にその詳しいやりとりを聞かせてやることにした。
 さて、事の発端は昼休みである。



 俺は昼休み、顧問の先生に呼び出された。顧問の先生は一年一組の担任、つまり、凜の担任であり、三十代前半くらいの女性教師だ。あけすけな性格の先生だ。名前はまだ覚えていない。梨本……だったような。
「桂木君、ライブお疲れ様」
「はぁ、どうも」
「先生グリーンデイ大好きでね。興奮しちゃった」
「はぁ、どうも」
「ってかみんな上手すぎない? 一ノ瀬さんとかプロじゃない」
「はぁ、どうも」
「ってか、桂木君、さっきから同じ言葉しか言ってなくない?」
「ばれましたか」
 世間話はいいからさっさと用件を言えよまだ飯食ってないんだよこの野郎とは言えなかったので同じ返事しかしてなかったのだ。ほら、こういう俺って控えめでいいと思わない? え、思わない? えー?マジー?それどこ情報よー?
「ああ、それでね、用件なんだけど、ちょっと困ったことになってて」
「はぁ」
「あなたたち、一階の倉庫にしてる教室、勝手に使ってるでしょ? 」
 あ、ついに来たか。勝手に使って良いのだろうか、と常々思ってはいたのだ。意外にお咎めが遅かったといえば遅かったんだけど。
「あの倉庫、鍵がつぶれている上に管理も行き届いて無くて、半壊したドラムが転がっていたものだから、凜がドラム直して私物の機材持ち込んで、掃除して人が住める環境にして、それで勝手に使ってたんですよ」
「知ってる。実は軽音の倉庫だから私の管理下なんだよね」
 あんたのせいかよ。なんかあの時掃除したのが損したみたいじゃねえか。――ペロッと舌を出すな。可愛くない。若者ぶるな。先生は続けた。
「メインの部室は四階だし、鍵直す申請もめんどくさくってほったらかしにしてたのよね。そしたら色んな先生が机運び込んじゃってあんな様に……。まぁ、綺麗に使ってくれてるから私も黙認してたのよ。でもね」
 先生はここで話を切って息を吸い込んだ。
「二年のいくつかのバンドがそのことで文句を言いにきたの。みんな練習場所には困ってるのにフェアじゃないって。それはわかる?」
「ええ。みんな困ってるって言ってましたね」
 そういえば大嶋さんもそんなこと言ってたな。
「でもねぇ、私、君には感謝してるのよ。ほら、一ノ瀬さんって他の人と交わるの苦手なタイプでしょ? 聞いた話によると桂木君がバンドに誘ってくれたっていうじゃない。あのままだと一ノ瀬さん、いじめられたりするんじゃないかなって思ってたのよね」
「はぁ」
「まぁ阪上君も似たようなものだし、君も喋るの苦手なタイプでしょ?だからレフトオーバーズは結構担任団の内でも注目されてたんだけど……ライブの後、みんなに見直されたんじゃない? 三人とも」
 確かに。俺だけの話を言うならクラスの中でも結構みんな話しかけてくれるようになった。音楽の話でだけど。好きなバンドの話とかが出来て嬉しい。ホルモンが好きな女子が割と多いってのは驚いたけど。うは、やばい、本格的にリア充になってね?俺。……ってか先生よく喋るな。
「んー、まぁ、俺だけの話をするなら、割とみんなの対応は変わった感じしますね」
「だから個人的な心情としてはレフトオーバーズがあのままあそこを使っててもいいかな、と思ってるんだけど、これは公平さに欠ける。やっぱり苦情が来てる以上、おおっぴらにはできないの」
「そうですね。でも、一階の一番奥にあるとはいえ、勝手に使ってるの、みんな知ってるんだと思ってました。黙認されてたんですかね」
「うん……これこそ公平さに欠ける話なんだけど、その二年生のバンド、みんなあなたたちに嫉妬してるみたいなのよねぇ」
「へ? なんで?」
「初めてのライブであそこまで完成度の高い曲をやったら、みんな自分たちのバンドがアレなことを自覚しちゃうじゃない。私だって十年以上ギターやってるのに十六かそこらの女の子が私より上手くって、ちょっとくやしかったもん。」
 そんなものなのか。みんな、ワーキャースゴーイ、レフトオーバーズ、カッケーってなってくれたら、と思ってやったことが裏目に出たのか。……人間って難しいな。
「わかりました、あの部屋はあきらめます。あ、でも、機材とか重いんで引き上げるのはゆっくりでいいですか?」
「いいですよ。ついでに鍵も直しちゃうけど、全部引き上げるまで鍵は開けっ放しにしておくから、いつでも引き上げて」
 先生はそこでニヤリと笑った。……俺はその意図を、空気の読めない俺にしては珍しくすぐに読み取って、笑い返した。
「ありがとうございます」



「――つまりはだな、先生から立ち退きを命じられたが、立ち退きの期限は設定されていない。いつでもいいから最終的に立ち退けばいいのであって、裏を返せばいつまでも立ち退かなくても良いってことだ。先生は苦情に対応したことになるし、直接言いに来る奴がいたら『立ち退きの準備』ってことでその場しのぎが出来る」
「おお、でもそれって詐欺じゃねえのか?」
「てっちゃん、それが大人の世界ってものなのですよ」
 凜がドヤ顔で言う。お前が言うセリフじゃないだろ。こいつはいつまでも大人になれない気がするよな。……そして昼休みにそんなことがあって、放課後である現在俺のクラスの教室で三人で善後策の会議中、というわけである。哲平が思案顔で話す。
「でも少しあの部屋を使うのを控えた方が良いだろうな。無期限とはいえ立ち退き令をくらったんだから。それにずっと使ってたらますますやっかみをうけると思うし。と、なると、これからどこで練習するか、だな」
「貸しスタジオとか? この辺ってどこにあるんだ?」
「駅前に一つだけある。でもあそこはこの高校のバンドで詰まってるぞ」
「へぇ、お前そんなんどこで知ったんだ?」
「立ち聞きだ。悪いか」
 この三人の情報源の多くが立ち聞きという悲しい現状についてなんとかならないだろうか。練習場所よりそっちの方が急務だと思うんだけど。ってかそもそもこういうことも色んな人に聞いてみるべきだよね。……聞く人いないけどな! 俺は自分の記憶をまさぐりながら第2候補を挙げた。
「区役所の中にある活動センターにも貸しスタジオがある。中学の時は安いしそこに行ってたんだけど、ただしここもウチの高校で埋まってそうだな。近いし」
「うーん、どこでやったもんか」
「ちょい、ちょい、ちょい、ちょい!」
「この辺って意外に少ないよな。貸しスタジオ」
「ちょいちょい、ちょちょい、ちょいちょい、ちょちょい!」
「何だよ、気持ち悪いな。」
 役に立ちそうにないので意図的に無視してたのに、凜が無理矢理話に入ってきた。
「むー、今、私のこと役に立たないと思ってたでしょ!えー?コラ!」
「エスパー?!」
「その通りだ!」
 何だこいつ。ついに電波キャラ使い出したのか?そろそろ布団にくるまって海にダイブでもするのだろうか。……とんだ迷惑だな。
「貸しスタジオならウチを使うと良いさ。」
「ウチ……って、凜の家?」
「うん。夕方五時までに入れば1000~1500円だよ!」
「……おまえんち、がっきやーしき、だろ?」
「え? まぁ、楽器屋なんだけど二階はスタジオがあるの」
 楽器屋敷ってお化け屋敷より怖いと思うんだがどうだろ。マックロクロスケデテオイデー!的な感じで凜がうじゃうじゃでてくるとか。……怖ええええええええええええええ
「そしてそれは身内ってことで安くなったりするのか?」
「んー、聞いてみないとわかんないけど」
 哲平の守銭奴的な発言を受けて凜がポケットから携帯を出し、父親に電話をかけ始めた。
「ヘイ、ダディ。エリーおばさんのチェリーパイは用意したかい?」
『チェリーパイは品切れさ!マイドーター!』
「オー!ホーリーシット!」
 なんの話してるんだこいつ。欧米か? 欧米なのか?……この後5分ぐらいこのやりとりが続いたのだが面倒くさくて聞くのを止めた。やりとりが用件に戻ったようだ。
「……スタジオって空いてたりするの?」
『ガラ空き。父さんせっかく作ったのにみんな来てくれないんだよ。』
「ってか父さんが宣伝しないからじゃないの?」
『ふむ。一理ある。で、スタジオかせってか?』
「そう。どうせガラ空きなら使ってやった方がマーシャルアンプのためにならない?」
『甘いな凜。マーシャルじゃなくてオレンジだ。』
「え? きいてないよそれ! 私に使わせろよ!」
 このあとまた5分くらい凜が父親に対してなぜオレンジのアンプを導入したのに娘に知らせなかったのかと言うことについて説教しだした。俺はもうめんどくさくなったので哲平と指スマしてたからこの後のやりとりは聞いていない。すまん。あとそれと、オレンジとかマーシャルとかわからん人はググるが良い。そしてその中のオレンジのTERROR BASSという奴を是非俺に買い与えて欲しい。むしろ買ってくれ。頼む。
「終わった。」
「……えらく長かったな。どうなったんだ?」
「条件付きでタダでいいってさ」
「条件?」
「いや、海浜公園ってあるでしょ?」
「……ああ、俺の家の近くだ」
 海浜公園というのは哲平の家、つまり俺の住んでいる町の隣町にある公園で、名の通り海辺にある公園である。週末になるとカップルがうろうろするため、非リア充の俺にとってはある意味敵地である。一度何かの機会で家族といった時、海辺に等間隔に座るカップルの群れを見て爆弾を落としたくて仕方なかった。リア充爆発しろおおおおおおおおおおおおお!!!!!
「しゅーくん、今心の中でリア充爆発しろって叫んだでしょ?」
「……なぜわかる!」
「いや、すごい顔してたから、今」
 しまった。俺としたことが。無意識のうちにすごい面になっていたようだ。
「で、その公園で夏祭りをやるんだけど、その日に野外ステージで夏祭りライブをやるんだって。そのライブに出る、ってのが条件らしいよ」
 なるほど。さしずめ、出る予定だったバンドが一個抜けたために穴埋めをやって欲しいと言うことなのだろうか。スタジオタダ使いの条件としては安いものだろう。
「いいんでない? 外でもやってみたいし。哲平は?」
「ああ、それ、俺が通ってたスクールが提供してる奴だから出たことあるんだけど、結構レベル高い高校生とか一般のバンドが出るから、勉強になるぜ」
「むー、レベルの高いバンドがたくさん……聞いてみたいな」
 まぁお前より上手い奴なんて早々いないと思うけどな、とは思っているが言わない。人間力があっても気づいていない方が良いのだ。謙虚さこそ力なのだよ。
「じゃあ、出演決定ってことで、いい?」
「おk」
「うん」
 凜と哲平が首肯する。しかし野外ライブか。中学の卒業式の日に校庭をゲリラ占拠してやって以来だな。ああ、あの後2日後ぐらいに柚木が倒れたんだぁあああああああああトラウマァぁあああああ!
「……ああ、それでスタジオはいつ行ったらいいんだ?」
「いつでもいいって。今日はもう遅いし明日休みなんだし明日にしない?」
 そんなわけで明日は一ノ瀬楽器店に行くことに決まった。その後帰り道、一人で歩いている時に、俺は一ノ瀬楽器店の位置を知らないことに気がついた。ノリノリで行くことを決めたのにね。馬鹿だよね。……後でググれということだな。やれやれ。
 今日の教訓「ググれ」



 前にもどこかで言ったかもしれないが我が家は居酒屋である。
 店名は「どっこい」。なんと間抜けな名前なことか。今は亡き先代のじいさんが始めた店で、じいさんがデザインした間抜けな字体で「どっこい」と書かれている。そしてその内装が純和風な居酒屋をロックの流れる居酒屋に変えてしまった間抜けな男が俺の父であり、そしてその影響下で育ちながら幼馴染みに誘われるまで音楽を始めようともしなかった間抜けな男が俺だ。三代そろって間抜けだ。
 通りの角に立って改めてウチの店の看板を見ると、不思議と目が「どっこい」の文字に吸い寄せられる。確かに、インパクトのある字体ではあるが……物心ついた頃には亡くなっていたのだが、じいさんがどんな性格だったのかは良くわかるよな。
 駅前の繁華街、というには少し寂れすぎな通り沿いに居酒屋「どっこい」はある。普通の家とウチのような飲食店がほぼ交互に並ぶというかなり奇妙な通りである。しかし駅は近いので便利だ。ちなみに我が家の向かいが柚木の家だ。俺はその通りを真っ直ぐ歩き、家のドア、と言うか店の引き戸に手をかけた。
「ただいm……ゴフッ!」
 俺が店の引き戸を開けた途端、下腹部に何かが衝突し、強烈な痛みが全身を走った。ってか有り体に言うと鳩尾に入った。……痛てええええ!
「ってえええ!なにしやが、ん…………!」
「おかえり。鷲。」
 柚木が俺の制服にしがみついていた。……え、なんで?
「ただいま………でいいのか、これ?」
「は?」
「いや、だって、むしろお前こそ『ただいま』だろう」
「あ、そっか。ハハハ。ただいま。」
 ハハハじゃねえよ……最初の鳩尾への衝撃と突然の幼馴染み登場で混乱して回ってなかった頭が回転し、疑問がさながら蛆虫のようにうじゃうじゃと湧いてきた。この表現気持ち悪いな。
「……お前、退院するなら退院するって言えよ!こちらにも心構えという奴があるだろ!」
「いや、だって今日決まったんだもん。」
「いやに急な話だな……あと突然出てくるしいきなり抱きつかれるし鳩尾に入ったし鳩尾痛いし訳わからん!」
「へへへ、混乱してますなぁ」
 柚木が背中に手を回し、ギュッと締め付けてくる。余計混乱する。やめろ。
「やめろお前らウチの店先でラブコメるな。営業妨害だ失せろ失せろ」
 親父が口調とは裏腹にニヤニヤしながら手をしっしっっと振ってくる。うぜえ。しかもBGMにビートルズのオールニードユーイズラブをかけてやがる……しっかり狙ってラブコメさせてるじゃねえか。俺は体にへばりついた柚木を(心の中では若干惜しみながら)無理矢理引きはがして店の中に入り引き戸を閉じた。柚木は座敷に座り込み「んんっ」とか言いながら体を伸ばしている。なんかエロい。
「やっと帰ってきた!……病院って狭いし臭いしでイライラするんだよね!」
「なんかここがお前の家みたいな口調だな、おい」
「桂木家を侵略でゲソ!」
 ……だめだこいつ。早く何とかしないと。
「いやー、でも多分今までの人生でここで過ごした時間の方が、自分の家で過ごした時間より多いと思うよ。マジで。」
「柚木ちゃん、イカ焼きでいい?」
「いいですよ、なんでも。」
「というわけで、鷲。今日の晩ご飯、イカ焼きだけな」
「アホか。」
 親父が空気を読んでるのか読んでないのかわからん献立を提示してくるゲソ! やべ、うつった、ってか侵略された。
「鷲、今日練習帰り?」
「いや、今日は緊急会議やってたから練習してない」
「何? 緊急会議って? 性欲スレイブの鷲をどうやって解放するか、とか?」
「……なんだよスレイブって」
「奴隷」
「それぐらいわかるわ! そういう意味じゃねえよ!」
 ってか発言が一ノ瀬凜化している。帰ってきたのが嬉しいのか異様にテンションが高い。まぁ、今日くらいは仕方ないか。それに、性欲スレイブは本当のことだから仕方がな……じゃなくって、そういう話じゃないだろ。アホか俺は。俺はアホか。とりあえず俺も柚木が座っている座敷に荷物を置いて座った。
 柚木は少しやせて髪の毛が腰に届くぐらいまでに伸びていたが、入院した手の頃よりはずいぶんとましになっていた。だが、まぁ、最後にこの家で見た時とずいぶんと見た目が変わったように見えるな。
「どうしたの黙り込んで」
「いや、家に柚木がいるのを見るのが久しぶりだな、ってしみじみとね」
「嬉しい?」
「………うん」
 恥ずかしかったがここは正直に言っておいた。ああ嬉しいさ。十数年来のつきあい幼馴染みで好きな女の子だぞ。帰ってきてくれて嬉しくないわけないだろうこの野郎。なんか文句あんのかこの野郎。ちくしょう恥ずかしいわこの野郎。
 柚木は何か考え事をしているかのような顔つきでイカの足をちびちび食べていた。なんか庶民的な物なのに柚木が食ってると途端に絵になるよな。だいぶ盲目気味だな俺。アハハ。(←半分くらい混乱している。)
「鷲、それで、ライブはうまくいったんだっけ?」
「あ、今日、顧問の先生がとってくれてたビデオ借りてきた。病院に持って行くつもりだったんだけどな。」
 そういえば柚木にはまだ詳細に報告はしていなかった。メールで終わったことは連絡してたんだけど。俺は荷物を自分の部屋に置いてくるついでにポータブルDVDプレーヤーを持ってきて、即席鑑賞会を敢行した。柚木はDVDを興味深そうにじっと見つめていた。MCの所では普通に笑い、俺のMCに凜がつっこんだところでは「あるあるー」とか言ってた。……そんなにクサいか?俺?
「すっげー上手いね。このギターの子」
「そうだろ? こんな奴がバンドに入れなかったなんてな……まさに掘り出し物だよ」
 見終わると、柚木は開口一番凜を褒めた。性格に難点どころか欠点があるんだけどね。
「よかった。ちょっと心配してたんだ。でも三人で完成してるじゃない」
「どういう意味?」
「いや、鷲がもしかしたら私を入れるためにわざと3ピースにしたんじゃないかな、って邪推してたんだ」
「っ……いや、まぁ、そんなことはない」
「3ピース用のアレンジで原曲と全然違う曲に聞こえるのに、すっきりとできあがってるよね。……いいなぁ。私もまたバンドやりたくなっちゃった」
 柚木はプレーヤーを独占して楽しそうにリピートしだした。俺は黙って柚木を見ていた。
実は、いや、ホントに「実は」なんだが、柚木の言うとおりだったのだ。俺は最初、凜に出会う前だが、柚木を入れるつもりで3ピースを作ろうと狙っていた。だげど凜の音を聞いた時に、3ピースでやっていきたい、と思ってしまった。無駄なものはいらない、俺と哲平と凜がいればなんでもできる。そう思ってしまった……。いつまでも柚木に頼ろうとする俺の甘ったれた気持ちを、あの女は細い弦6本で粉々に打ち砕いた。
 やっぱり柚木は鋭い。そして凜は強い。
 ……やっぱ俺は弱いな。うん。



 自転車で行ったらかなり遠かった。グーグル先生に従って汗だくになりながら30分くらいこぎ続けると、一ノ瀬楽器店、という文字が見えてきた。
「ここか」
 思ったよりもでかい。ショーウィンドウにはギターが何本かかかっていて、レスポールにレスポールにフェンダーテレキャスに、ってこれマジで高い奴ばっかじゃねえか。泥棒とか入ってこないのか?
「ああしゅーくん、おはよう」
 凜が店先に出てきた。Tシャツにジャージの短パンという「ザ・家!」って感じの服だ。まぁ自分の家ならこんな感じだよね。
「なんか、思ってたよりでかいな」
「フフン。個人経営だからってなめちゃあ駄目さ」
 凜に得意がられると若干腹立つのは何でだろう。まぁ当然か。凜に続いて中に入ると、ギターやベースやアンプがところ狭し!と並んでいた。ビックリマークは重要だ。ほんとに個人経営だと思えないほどの量なのだ。俺がベースコーナーでじーっとベースを見ていると凜が後ろから咳払いをしながら話しかけてきた。
「てっちゃんはもう先に来てるよ。店の奥で父さんと話してる」
「ああそう」
 生返事。前から気になっていたベースを見つけたのでちょっと真剣に見ていたのだ。
「……なんか気に入ったのある?」
「このアトリエZ、ハム付きのやつ、現物初めて見た」
「ああ、これいいよね。ハイがぽーんって抜けるんだよ。わたししゅーくんみたいに上手くスラップとか出来ないんだけど、これでスラップしたら下手でも上手く聞こえちゃうんだよね。あとあの向こうのワーウィックのストリーマー。あれいいよね。あれが一番好き」
「俺も好き。…わ、スルーネックのやつじゃん。俺も将来的にずっとベース続けるならアレが欲しいんだよね。でも高いだろ」
「高い高い。なんでこんなん仕入れたのかわからんよね」
 凜は嬉しそうにベースを見ている俺の横をちょこまかとしている。下ネタ抜きの時の凜はホントにかわいい。ってか昨日から俺かわいいかわいい言い過ぎだ。ちょっと反省して生活態度を改めないと。え? リア充? りりりりリア充ちゃうわっ!
 そうして俺と凜がほのぼのと和んでいると、向こうから和みとはほど遠いようなドス声が聞こえてきた。哲平だな、ってか哲平以外有りえんだろ。
「だから毎回毎回いうが気を抜くとお前のショットはすぐ重くなりすぎるんだよ……そのドス声とそっくりだよ」
「うるせーほっとけ。まだ下手なんだよ悪かったな」
「顔がヤ○ザだからだろ?」
「関係ねえよ!さっきからヤ○ザヤ○ザしつけえよぶっ殺すぞクソ野郎!」
 口ひげで全体的に細長いおっさんとヤ○ザ、じゃなかった、哲平が喧嘩している。ってかあいつにあの勢いですごまれてよく怯まないよな。あれが凜の父親かな。
「あれ、うちの父親」
 やっぱりか。なんつーか、こう、「変人臭」がするよね。
「……にてないな、お前」
「お母さん似なんだよね」
「君が『しゅーくん』だね」
「ああ、はい。か、桂木鷲です」
 凜父に話しかけられた。自分の名前言う瞬間ってどうしてもどもるんだよね……。
「ほらみろテツ。世の中にはこんなイケメンがいるんだぞ。お前の顔の何とおぞましいことか」
「……ぶっ殺すぞ!」
 怖ええええええ!!久しぶりに哲平の声でブルッと来た!凜もビクッてなってる。でも凜父は怯まない。強えな。それと俺はイケメンじゃない。そろそろ話を本題に戻すか。
「ってか練習しない? 何しに来たのかわかんねえじゃん」
「いいねいいねー!」
「お父さんに言ってないでしょ!」
 凜父が謎の合いの手を入れる。それにしてもこの親父、ノリノリである。
「二階の、一番奥の、右手の部屋空けといたから。今日は夏祭りの練習かい?」
「……いえ、まだ曲も決まってなくって」
「凜、お父さん、スリップノットやって欲しいな」
 何言い出すんだこのおっさん。流石というか何というか……かの娘にこの父有りって感じだ。でも、それにしてはちょっと凜はファンキーすぎるけど。
「三人じゃ音に限界があるし無理だよー」
「それに夏祭りでやる曲じゃねえだろ。場違いすぎる」
「む、この場におけるお前の顔みたいな感じだな」
 凜父は思いっきり殴られた。
 うん、まぁ、怒って良いところだとは思う。うん。自業自得だな。



 まぁ、そんな訳で夏祭り出演に向けて練習が始まった。
 梅雨が明け、太陽の光がどんどん強くなっていく。
 夏が、迫っていた。



BACKTOPNEXT



[コメント] 感想、指摘などを頂けると大変うれしいです。コメント返信はここをクリック。

PAGE TOP

inserted by FC2 system