Episode06: 少数派




 その日は雨の日だった。
 雨の日に楽器を持ち歩くのは怖い。だって濡れそうだし。まぁソフトケース用の雨合羽みたいなものがあって、俺はそれをかけている。それより雨で湿気が多いのがいやだ。楽器傷むわ。まぁ、基本的に季節変化の激しい日本じゃ仕方のないことか。つまりは今、現在進行形で、梅雨なのである。梅雨、梅の雨か。字面が某教室の窓から~のアレっぽいと思うのは俺だけですかそうですか。
 教室に着くと、俺がいつもベースを教室の隅に置いている所にギターが既に二本置いてあった。このクラスの他の軽音部員のギターかな。俺もその隣にベースとエフェクターケースを置いた。ギターより一回りでかい俺のベースは他の二つと比べて少し偉そうに見えた。
「桂木くん、おはよ」
「ああ、うん、おはよう」
 俺の背後に大嶋さんが立っていた。席替えで席が離れてしまったというのに大嶋さんは一日一回は俺の席に必ず来てくれる……なんでだろう。俺に優しくしても見返りなんてなんもないんだぜ。でも、大嶋さんがいなかったら俺は凛と哲平みたく完全にクラスから孤立しているだろう。そういう意味では俺にとってメシアみたいなものなのだ。……メシアは言い過ぎか。
「凄い雨だね」
「うん。今日、ライブだねぇ」
「だね」
 なんかその返し方かわいいな。覚えておこう。後でなんかに使えそう。
「……緊張する?」
「いや、緊張ってか、ワクワクが強い。大嶋さんも出るんだっけ?」
「うん。私生まれて初めてだからさ、すっごい緊張してる。……放課後まで精神持つかな」
 俺も初めてライブに出た時は緊張した。始まってしまえば何もかも忘れるんだけどね。曲を丸ごと忘れそうになったこともあったけど。ライブは楽しいよ。うん。
「出演順、たしか大嶋さんとこの次だったよね。俺ら」
「そうそう。二年のバンドがアタマで、次『エレクトリックガールズ』で、『レフトオーバーズ』だった、と思う。その次が違う一年。」
「トリは? 三年?」
「うん、名前忘れたけどオアシスのコピーバンドだったと思う」
 ちなみに『エレクトリックガールズ』というのは大嶋さんのバンドだ。安直なネーミングである。……まぁ『レフトオーバーズ』の名付け親に言われたくないよね。サーセン。
「桂木くんのとこ何やるの?」
「内緒」
「教えてくれたっていいじゃん。ゥフフフフ。あの最近はやってるバンドをメールで聞いてきたのって関係あるの?」
「内緒。内緒。意外な選曲で度肝を抜く気だから」
「じゃあ私達のとこも内緒ってことで。ゥフフフ」
 ――そして、リハの時にチャットモンチーをやっていたのをこっそり聞いてしまったことも内緒にしておこう。それが空気を読むと言うことだ。と、ここで朝のゆるゆるとした空気を切り裂くように一時間目の開始のチャイムが鳴った。どうでもいいけど日本の学校のチャイムってイギリスのビッグベンの鐘の音をパクってるらしい、とどっかで聞いた。
「あ、でもバックステージで聞くことになるかも。後ろだからセットしてるし」
「あ、そだね。まぁ楽しみにしといてね」
 大嶋さんは小さく手を振って自分の席に帰って行った。



 七時間目……これが終わったらライブ、だ。……今日も一日普通の日だった。大嶋さんと喋って、授業受けて、一人で飯食って、授業受けて、居眠りして、授業受けて……あれ、大嶋さんと以外喋ってなくね? これで俺のことをリア充とかなんとか言う奴はさっさと病院へ行くですの!……まぁ、放課後はいつもと違うイベントが待ち構えているのだが。
 あー、今の俺、テンション高いかな。正直今俺がどんな気分なのか自分でも少し掴みにくかった。ワクワクするのか、ドキドキするのか。なにやら形容しがたい混沌とした感情が体を支配している。まぁ一つだけはっきりいえるのは、さっさとチャイムが鳴って欲しいと言う……
きーん、こーん、かーん、こーん。
 噂をすればなった。教室の掃除当番表を見て今日が掃除当番でないことを瞬時に確認する。よし、おk。俺はベースを持って廊下に出て、ダッシュしようとした途端、
 ゴンッ!
「ってえ!」
 前方不注意で誰かと衝突した。当たった相手はかなり盛大に吹っ飛んで尻餅をついた。
「前見て歩けこらぁ!……ってしゅーくんか」
「ああ、すまん。前見てなかった。大丈夫か?」
「うん。でもおしりが割れた。」
「元々割れてるだろ!」
「いやいや、もとは2分割でしょ?もう一回割れて4分割になったの。触って確かめる?」
「確かめない!」
 なにさらっとセクハラ要求してるんだよ。新手の逆セクハラか。
「むー。触らせて弱み握って後で揺すってやろうと思ったのに」
「お前さらっと黒いこと言うよな……」
「むー、私全然黒くないよ。むしろ真っ白。マッシロシロスケ。スケスケ」
「黙れよ、もう」
 目玉をちょん切るぞー。
「ところで、会場どこだっけ?」
「本館四階の小ホール。あのちっさい体育館みたいなの」
 この学校の校舎は比較的最近に立て直されたものなので、やたらに無駄な設備が多い。小ホールは基本的には演劇部が使ってるものだが、ライブの時は軽音が占領するのだ……演劇部も良い迷惑だと思うのだが。ちなみに体育館はバスケ部やバレー部が使っているので使えない、というかそもそもあんな広いところ軽音の定期ライブ程度で埋められない。日本には適材適所という言葉があるのだ。使い方合ってるのかな?これ?
「あ、てっちゃん」
「お前ら出て来るの速すぎだろ」
「お前も結構速いだろ」
 何人か出てくる生徒の塊の中に紛れるようにしてカバンを肩にかけたままプラプラと哲平が教室から出てきた。カバンからはスティックが突き出ている。
「ドラムは持ち物が少なくて良いな」
「あ、でも今日はツーバス持ってきた」
 哲平が黒い袋のようなものを開いて見せてくれる。チェーンでつながった金属のペダルが見える。ってか哲平が持ってるとどう見てもその手の凶器にしか見えないからあんまり人前で出しちゃダメだと思うんだけど……。
「え?、ツーバス、この学校にないの?」
「知らんけどなかったら困ると思って一応ね。ちなみに大分前に凜の家で買った」
「まいどありぃっ!」
 なんだそれ? なんか俺の知らん話が出てきた。
「凜の家って楽器屋なのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「ああ、あれだ、鷲がカラオケに遅れてきたときに話してたんだった」
 哲平が意地悪そうに笑う。ああ、あのときは人生で最悪の飲み物を飲みましたね。
「だからクラプトンモデルのストラトとか結構良いエフェクターとかさらっと持ってたのか! なんかずるくねぇか? それ!」
「まぁね。でも自分の小遣いで買ったエフェクターもあるけど」
 凜はなぜか恥ずかしそうに頭をかきながら言った。顔を赤らめるな。キモイ。
「……もしかして俺がなんか買いに行ったらまけてくれたりする?」
「むー……しゅーくんの今後の態度による。まずは肩でももんでもらおうか」
「じゃあいいや」
「なにそれ!」
 こいつにヘコヘコしながら過ごすくらいならバイトして金をためる。音楽的には尊敬するが人間的には尊敬できないってか尊敬しない。俺がどのバイトが一番金が貯まるかなと考えようとしたところ、哲平が教室から一斉に出てくる人の波に怯えるようにして言った。
「ってかさっさと行かねぇか?立ち話してたら早く出てきた意味なくね?」
「そだね。いこっか」
 目の前の二人が歩き出した。二人の背中が見えたその瞬間、首筋から背中にかけてぞわぞわっとした震えが走った。震えは全身に広がっていって体中を温めていく。俺は立ち止まって震えが止まるのを待った。前の二人が立ち止まって振り返った。
「しゅーくん、どうしたの?」
「もしかして緊張してんのか、ププッ」
 その笑い方きめえ。
「いや、……」
 俺は軽く首を振って言った。首がバキバキなった。
「武者震いさ」



 会場は昼休みの内にセッティングされていたのか、いつも置いてある折りたたみ式のちゃちな椅子が片付けられ、以前学年集会かなんかで来たときより広く見えた。演劇部の備品らしい照明がステージ以外は薄暗くセットしてあって、ライブハウスのような空間を上手く演出していた。もう集まっているバンドもいて、端の方で機材を確かめたり、メンバーで談笑したりしている。観客らしき人の姿もちらほら見える。俺たち三人もホールの隅っこに荷物を下ろした。
「思ったより広いな。埋まるのか? これ」
 哲平も同じことを考えていたようだ。意外なことに凜が答えた。
「なんかね、クラスの人が話してたんだけど、」
「お前クラスで話す人ができたのか?」
「立ち聞きで悪かったワネー!」
 笑えないゼ!
「この学校、結構軽音が盛んで、一年は知らないけど二年、三年は割といっぱい見に来るんだって。だから埋まるんじゃない?」
「そうか、ならいいな」
 観客は多ければ多いほど良い……ってのは柚木が言ってたことなんだけど、俺はできるだけ少ない方が落ち着くので良いと思っている。こんな奴がロックやってて良いんでしょうか。ダメですかそうですか。……まぁ、考えても仕方ないので俺はさっさ楽器を出してチューニングをすることにした。凜と哲平はまだ話している。こいつらさっさと準備しろよと思ってるときに後ろから声がした。
「桂木くんってベースなのにエフェクター持ってるんだね」
「え、ああ、うん」
 大嶋さんだ。後ろにビッ……じゃなかった、ツッキーもいる。その後ろにもメンバーらしき二人がいる。一人はベースを背負っていて身長が低くて童顔の、身も蓋もない言い方をするとロリ系な女の子で、もう一人はアタマに団子がのっている……「盛り」と言うのだろうか。わからん。最近の若者の流行なんて知らんのじゃー。とりあえず二人に仮の呼称として頭の中で「ロリ」と「団子」という名前をつけた。われながらわかりやすいネーミング。
「あ、うちのバンドのベースのなっちゃんと、ドラムのちかちゃんね」
「よ、よろしく」
「よろしく」
「……ども」
 俺が脳内あだ名をつけた瞬間大嶋さんが紹介した。なんかツッキーの時もこんな感じだった気がするんだけどなぁ。デジャブデジャブ。俺が後ろの二人をボーッと眺めていると、ロリもといなっちゃんが興味津々で俺のベースを眺めていて、その目線と合ってしまった。なっちゃんは恥ずかしそうに俺に話しかけてきた。
「あの、どこのベースか気になって」
「G&LのL-2000、君のは?」
「あ、私のは、リッケンバッカーで」
 同業者だと使ってる機材が気になるのは性というものである。なっちゃんが背負っていたケースを下ろし、黄色のボディを覗かせた。すげえ……あの高い奴だ。ピックガードが特徴的で、まぁそれくらいしか知識はないんだけどね。ちなみに俺のL-2000は日本製な上に中古だったから十万行かない値で手に入った。ホントだったら十五万以上する。
「すげえな。もしかして家、お金持ち?」
「いや、そんなこと無くって」
「そんなこといって、なっちゃんの家マジ金持ちじゃねえの? ギャハハハ」
「違うって、そんなこと無いって!」
 金の話をすると余計汚く見えるぞスイー……じゃなくてツッキー。大嶋さんが耳元でこっそり教えてくれる。
「なっちゃんの家、すっごいお金持ちなんだけど、本人は隠してるつもりなんだ。あんまり触れないようにしてあげてね。ウフフ」
 お金持ちにはお金持ちなりの苦労があるんだろうな。たくさんお金があるってのも困りものなのだろう……まあ俺はあるだけ欲しい。ありったけ欲しい。汚い? なんぼのもんじゃい!
「でもこれは師匠が最初の内から良い楽器使っといた方がいいって言って安くで売ってくれた奴なんで、お金というより、思い入れが強くって」
「まぁ、そういうのが一番大事だと思うけどね。俺のもまだ中古で買ったばっかだけど、前の持ち主が丁寧に扱ってたのか殆ど傷が無くってさ」
 G&Lの黒光りするボディをなでながら話をお金からそらす。こいつはコントロール次第で色んな音が出せる……まだ俺も使いこなせてないんだけどね。
「しゅーくん」
 凜が声をかけてくる。やっと楽器を出したようだ。肩にはいつもの黒いストラト。手にはエフェクターボード。とんだ重装備である。前々から思ってたんだけどこいつにぴったりだよなこの楽器の重装備感……。
「あっちでちょっとだけでも練習しとこうぜ?アンプ無いけど」
「ああ、わかった」
 哲平も首をぐるぐる回してボキボキ言わせながら声をかけてくる。手にはスティック四本とツーバスペダル。俺は二人の言に従って端っこのほうに行こうとした。ってか哲平怖いよ。ほら見ろ、大嶋さんとかツッキーとか団子(仮)とか目がアレじゃねえか、って……あれ?
 大嶋さん、ツッキー、団子(ちかちゃんだったっけ?聞いたとこなのに忘れた)は普通の人が哲平を見るときの目、つまりヤ○ザ的な人を見るときのあのドン引きな目なんだが、なっちゃんだけは違った。……驚いてる、のか? よくわからん。怖がってるというより驚いてる、見たいな雰囲気なんだが、何せ桂木鷲は空気の読めない男なのではっきりとはわからない。ってか空気が読めたら友達もっといるわボケ!リア充死ねよ!
「あの」
 なっちゃんが哲平に何か言いかけたが、哲平は気づかずに凜についてさっさと行ってしまった。今の撤廃の印象だけなら最悪なので一応フォローを入れておいた。
「あのヤ○ザは気にしないで……顔はアレだけど中身は常識人でウチのバンドの中で最も安全だから。むしろ危険視すべきはあのツインテールの女の方で……」
「そ、そうじゃなくて、あの人の名前は」
「え? 哲平? 阪上哲平だけど」
「……!」
 なっちゃんの顔つきが変わった。哲平のこと知ってるのか? まぁ顔は有名だと思うけど。
「鷲、早く来いよ。」
 遠くからドス声が飛んでくる。周りの人がドン引きしてるだろ止めろ。恥ずかしいわ。
「はいはい!……じゃ、大嶋さん他、俺らのも聞いてね」
「ああ、もちろん、ウフフ」
 お互いに手を振り合って俺は二人のもとへ走った。



 ……さて、練習を始めて十五分。俺たちは普通に曲を合わせたりしていたのだが、明らかに凜の様子がおかしい。ポケモン風に言うと、「おや、 りんの ようすが ……ピコピコン!ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダーダダ♪」という感じだ。これがルビサファ版の進化の時の音だとわかった君は是非Bボタンでキャンセルすることをオススメする。こんな奴が進化したらたまったものじゃない。具体的に言えばベトベターがベトベトンになるようなものだ。
「凜。」
「へ?なんだい?」
「お前、緊張してない?」
「そんなことないってばよ!」
 落ち着け、語尾が某九尾の忍者みたいになってるぞ。
「そうか、凜は初めてになるのか。人前でライブするの。そりゃ緊張するな」
 哲平が自分のカバンをスティックで連打しながらうなずく。カバン傷むぞそれ。
「大丈夫だって。お前人前であれだけ下ネタを放てる勇気があるんだから」
「まぁ、そうなんだけど……むー、違うって言うか。なんか下ネタは別腹じゃん?」
 そんな「ケーキは別腹」みたいなノリで同意を求められても返しに困るだけである。
 その時ホールに歓声が響いた。どうやらアタマの二年のバンドが出てきたようである。アンプにつながず練習するのもそろそろ限界だ。俺は楽器を置いた。
「しゅ、シュシュシュしゅーくん、始まるね」
「俺の名前がアニメのタイトルみたいになっている……おい!元気出せ!」
「ぐうぇっ」
 俺はバンバンと凜の背中を叩くと、凜はカエルの鳴き声のような声をだした。どうやって発音してるんだそれ。
「大丈夫さ。あれだけ練習したし、それにお前だけじゃない。俺らもいるだろ?」
「そのセリフかっこいいけどギターボーカルの私が一番目立つという事実が覆せないリズムのしゅーくんが何言おうが私の緊張は消えないのさ!」
 ……そこだけ素に戻られても。
「哲平、何か言ってやってくれよ」
「っえ?ああ、えーと、だな。うん、えー、まぁ、うん、……がんばれ」
「お前口下手か」
 なぜかそこで哲平がドヤ顔をする。そうでけどなにか、とでも言わんばかりの顔だ。むかつくなぁもう。でも俺も人のこと言えないくらい口下手なので何も言えない。すまんね。凜は若干震えながら続ける。
「周りのバンドが、みんな上手かったら、どうしようとか、昨日の夜から考えちゃって、昨日は十時間しか寝てない」
「おい、健康優良児。よく寝てるじゃねえか」
「うん、。いつもよりよく寝た」
 なんだこいつ。緊張してるかしてないかわかんないぞ。おい。哲平も頭をかきながら呟いた。
「ああ、でも他のバンドがどんなもんかなってのは俺も思ってた。どうなんだろうな」
「うん、まぁ、聞いたらわかると思うよ」
 俺はいつだったか旧校舎の四階で聞いたあのひどい音を思い出しながら言った。俺が言い終わると同時に二年のバンドが始まった。ヤーヤーヤーヤーヤー!
「……」
「……」
「……むー」
 思わず三人とも同じようなしかめっ面をした。グルーヴもへったくれもないベースとドラムの上に良くわからないギターが乗っている、という感じだ。しかし音だけは無駄にでかい。誰がミキシングしてるんだよアホか。曲はかろうじてオフスプリングの「オールアイウォント」だとわかるが、ニコニコ風に言うと「こwれwはwひwどwいww」とか、「原曲レイプwww」って感じだ。凜がなんか言ったが大音量のせいで聞こえなかったので「何?」と聞き返すと、俺の耳元に口を近づけながら言った。
「原曲レイプだね。レイプレイプレイプ」
「お前耳元でレイプって言いたいだけだろ」
「むー、ばれたか……まぁレイプって言っときゃ何とかなるって」
「ならねえよ! まだパンクって言った方がましだ!」
 しかし人気はあるようで、多くの人がアタマだというのにノっていた。そういえば、オールアイウォントってフラッシュで有名になった曲だったな。「オーラエモーン!」ってやつ。そんなことを俺がぼんやり考えていると、哲平はステージを睨んでいた目をこちらへ向けて、音に負けないように大声で言った。
「うん、まぁ、でもステージのアクションは良いな。俺らはパフォーマンス下手だし」
「確かに。勉強になるよな」
「えー、でもパフォーマンスって納豆にカラシ入れるか入れないかの違いみたいなもんじゃないの?」
 その例えが良くわかんねえよ。パフォーマンスなんてスパイスみたいなものでそもそもの味とは関係ない、と言いたいのだろうか。あ、そういえば……ふと昔聞いた話を思い出したので凜に言った。
「いや、でも見せ方ってか魅せ方ってのも大事だと思う。それも全部含めてロックだからな」
 昔俺が直立不動で弾いていた時に柚木に言われたことだ。まぁベースだからそんなに目立つ必要はないけどリズムくらい体でとれよと。道理である。
「むー、確かに。ブスの男優だったら萎えるもんね」
「お前どんどん下ネタがきつくなってきてねえか? ……もはや笑えない領域なんだが」
「むー、ごめんなさい」
「あ、うん……。まぁ、次から、気をつければいいよ」
 そんな今更改まって謝られても……ってかこいつの下ネタ、ノリが高校生男子だな。
「うん、まぁ、アクションは勉強してみる」
 そういって凜は黙り込んでステージを見つめていた。さらさらとした髪が必要以上に白い凜の顔に影を落とす。……こうやって黙ってたら可愛いのに。発言で損してるよな、ほんと。
 曲はグリーンデイの「アメリカン・イディオット」に変わっていた。失礼な言い方だが、こちらはまだ聞ける。ボーカルがマイクスタンドごと持ち上げて飛び跳ね、それを見てオーディエンスが大喜びしている。まぁ演奏でいっぱいいっぱいのスリーピースの俺らにあそこまでしろってのは無理かもだけど。どんなに下手なバンドでも、俺たちだって下手なんだから、見習うべきことはたくさんあるのだ。それに下手でもオーディエンスには人気があるようだ。ボーカルがリア充っぽいからだろうか。邪推か。
三年のバンドが終わると大嶋さんたちが出てきた。
「あ、あの、しゅーくんのクラスの」
「あ、覚えてたんだ」
「しゅーくんさっきも喋ってたじゃん。私がいくら人の顔覚えないからってそれはない」
 やっぱりこいつも人の顔を覚えないタイプか。俺もだけど。友達できない人って名前と顔を覚えないタイプの人多いよな。あ、そうだ。
「哲平、あのベースのロリっぽい女の子知ってるか?」
「は? 何で?」
「いや、さっきお前のこと知ってるって、まぁそう言ったわけじゃないんだけど、そんな感じの反応見せてたからさ」
「いや、全然知らん」
 まぁこいつの場合知ってても忘れてるって可能性もある。こいつも顔覚えないタイプっぽい。自分の顔は一度見たら忘れたくても忘れられなくてトラウマになりそうな顔なのにな。
「なになに?てっちゃんがロリコン?」
「どう聞いたらそうなるんだよ」
「おい、始まるみたいだぞ」
 最初の曲はチャットモンチーのシャングリラだった。まぁこれはリハの時に聞いてたんだけどね。実力は……そこそこか。少なくともさっきの二年よりは上手い。あとさっきから値踏みしてしまう自分が嫌だ。
「あのドラム経験者臭いな。上手い」
「お前ステージ睨むのやめろよ。演奏してる人と目があったら絶対ビビってミスるだろ」
「ああ、中学の時リアルにあった」
 冗談のつもりだったのに。なんかスマン。でも確かに、リズムセクションの二人は飛び抜けて上手い。かなり性格に四拍子を刻んでいかないとぶっつぶれる曲なのに、しっかりリズムを作っている。曲調に合わせて少し後ノリ気味のビート。その上に大嶋さんのふわふわした声とツッキーのビッチ臭い……じゃなくて意外と普通なギターが乗っかる。
「しゅーくんお気に入りのギターボーカルは微妙だね」
「おい、俺は別に大嶋さんをブックマークしてねえよ!」
「いや、むしろしゅーくんがブックマークされてるよねー。ひゅーひゅー、しゅーしゅー」
「されてねえよ!なんだよしゅーしゅーって!」
「ちっ、イケメン爆発しろ」
「……俺は哲平ほどのイケメンじゃない」
「なんかそれイケメンの意味違うだろ。」
 イケメンではなく、逝け面。そういうことか。大嶋さんは初心者だと言っていたから下手なのは仕方ないだろう。それとブックマークされてないから。お前ら大嶋さんを何だと思ってるんだ。唯一の良心だぞ。ゥフフフ。
「ねぇ、バックステージそろそろ行かない」
「そうだな。逝くか、じゃなかった」
 おっと変換ミス。
「行くか」



 ステージの端の扉からバックステージに入ると、大嶋さんとこの三曲目が始まっていた。曲はチャットモンチーのラストラブレター。チャットモンチー大好きか。
 今通り抜けた扉には小窓のようなものがついていて、観客の様子が見えるようになっていた。凜と俺が顔を近づけてのぞき込むと、俺が最初に来たときより観客が増えている。……どっかで見たような顔の人も多くいるので、多分一年生なんだろう(顔覚えてないんだ悪いかこの野郎)。今日はどうやら数人の先生が出張する日らしく、監督する顧問を失った部活の生徒が多く来ているようだ。それに今日は雨だから、練習場所を失った外の部活が来ていたりするのだろうか。ちなみにこれは立ち聞き情報である。こんな感じだった。
『ねー今日部活休みだって聞いたー?』
『えーマジー?間違えて着替え持って来ちゃったーってかそもそも雨だしー』
『あ、今日軽音のライブだってー。暇だし聞きに行かない?チャットモンチーやるって月宮が言ってたww』
『マジ?ウケるwww』
 なんでそこでうけるのか俺に説明して欲しい。ちなみに月宮ってのはツッキーの本名だ。
「むー、思ったより客多いね。特に一年が」
 凜はもう一度チューニングを確かめながら呟いた。まーだ緊張しとるのかね君は。
「まぁ、俺らのイメージ改善、もとい『意外性』が目標なんだから逆に良いんじゃねえか?」
 哲平が手首をくるくる回してストレッチしながら返す。その時、ラストラブレターが終わった。大嶋さんたちが楽器を持って反対側の舞台袖へ向かって退場していく。
「よし、行くか」
 なんか気合いでも入れようと、俺は二人に向かって右拳を突き出した。それに習って二人が右拳を突き出し、丁度三つ巴の形で衝突する。……・誰も何も言わない。そのまま停止した。
「なんか言えよ」
「いや、鷲、お前が言うとこだろ」
「私もしゅーくんがなんか言うのかと」
「すまん……あー、えーと、家に帰るまでがライブだ!」
「それ遠足だろ!」
 哲平がドス声で突っ込み、凜が顔を崩して笑った。よし、いつも通りだ。
「行くぞ!」
「「「おー!」」」



 久しぶりにたったステージは、中学の時に立ったときより眩しく感じた。
 上から見ると人人人。人がいっぱい。ムードははあんまり良くない。二、三年生は一年バンドと言うことでノっていいものか図りかねている感じ。加えて特に一年らしき人の塊から「うわー」って雰囲気がにじみ出している。まぁ、
 陰気根暗
 下ネタ女
 ヤクザ野郎
 ……雁首そろえてクラスのつまはじきものが集まってるんだからそういう反応になるわな。しゃーないっちゅうことや。けどな、だからこそこのバンド名が、そして、このバンドそのものが成り立つっちゅーわけや、こら。
 隣を見るとガタガタ震えてながらマイクを叩いている(マイクテストのつもりなのか?)凜が見えた。やっぱ緊張してるじゃねえか。おい。
「みんなカボチャみんなカボチャみんなカボチャむしろ私がカボチャ、あ、やっぱ私は貝になりたい……」
 何いってんだこいつ。俺はエフェクターのかかり具合を確かめたところで凜に小声で声をかけた。
「(頑張れ。終わったらマクドおごるから。何が良い?)」
「(むー……私スマイルで良いよ。しゅーくんの)」
 なに言ってるんだこいつ。俺が笑ってやると凜はやっと落ち着いたよう笑い返してきた。哲平の方を見るとまだか、と言わんばかりに睨んでいる。怖いわボケ。凜が俺の方を見て言った。
「もういっていいの?」
 マイク入ってるぞ。それ。舞台下の人がみんな一斉にこっちを見た。恥ずかしいわ。凜はもう一度聞き直した。
「もういい?」
「いつでも」
 俺もコーラス用のマイクを使って返した。
 そうして俺らの一曲目、「サラマンダー」は始まった。
 凜のリズムギターから始まる。一小節後にギターの代わりに俺が和音でつなぐ。いつも通りのテンポ。目があった。凜がヘッドを振り上げた。それを合図とするように三人でイントロへとなだれ込む。歪んだギターのメロディが空気を切り裂く。人数が少ない分ベースがカバーしないといけないので俺も中低音域を強調して、音圧を強めにしてほんの少し歪ませている。いわゆるゴリゴリした音だ。
 イントロを終えると、凜の渇いた歌声が会場に響く。こいつは曲によって声を変える。ザラザラした声だったり、アニメ声だったり、ロックシンガーっぽかったり、デスボイスだったり、……つくづく思うのだが、何てハイスペックな女だ。
 哲平のフィルを合図とするようにサビに入ると凜が声の音色をほんの少し変える。厚みを増した声がスピーカーから流れだし、壁に反響しながら圧倒していく。上手い。こいつは、やっぱり、上手い。
 選曲の時の話だが、最近流行の曲ってのに凜は反抗したが、この曲をカラオケで俺が歌うと歌詞が気に入ったらしく、この曲なら良い、と言ったのでこのエルレガーデンの「サラマンダー」が有力候補となった。エルレは四人バンドなので俺らがやるには少しきついかと思ったが、アレンジして凜と俺で何とか埋めることができた。まぁそもそもベースは割と暇だったから多少ラインを動かしても楽なぐらいなのだが。
そして、最後のサビの直前のメロディ。じわじわ緊張に持って行ったところでドラムが止まる。空白の時間を凜の声だけが埋め――そして一気に解放する。俺たちがもっともこだわった部分だ

 ただ前へ、時間を無駄にしてでも、進む、進む、
 ただ前へ、生命を無駄にしてでも、進む、進む、
 もっと声を大きくして、自分の部屋だろ
 もっと声を大きくして、他人なんて知らない
 そして、ただ前へ――

 曲が終わった。
 会場は誰も動かない。みんなノって体を動かすことも忘れて聞き入っていたようだ。三秒後、割れんばかりの歓声。思わず笑みがこぼれる。凜も額の汗をぬぐって息を吐き出している。ここで凜のMCが入る。
『あ、どうも、みなさん。レフトオーバーズ、と申します。ぐだぐだと喋るのもあれなんでさっさと次の……・』
 と言いながら最初のフレーズを弾きだした!って、ちょ、待てそんな打ち合わせしてないぞ!
『おい!待って待って、まだMCあるだろ』
 俺がマイクを通して止めると凜は手を止めて言った。
『あ、ごめん、そのMC忘れたから続けちゃった。あー、えーと、あ、思い出した』
 前の方で笑いが出る。ったく、この女は……。後ろを見ると哲平も俺と似たような顔をしていた。やれやれ。俺は大急ぎでエフェクターを踏み換えた。
『今の曲はエルレガーデンのサラマンダーでした。次は、ちょっと意外な曲かもしれませんが、私の大好きなバンドです。まぁ知ってる人は知っていると言うことで』
 そういって一息ついいた後、凜はもう一度イントロを弾き出した。四小節の短いイントロが終わった瞬間、ため込んだ感情を、一気に、爆発させた。
 マキシマムザホルモンの『ぶっ生き返す』だ。ボーカルが無理っぽいから俺と哲平が最後まで渋ったのだが、凜の強い意向で決まった。やってみたら意外に出来た。やってみるもんだな、人間。ハハハ。
 単純なフレーズのスラップだが、グルーブを作るのは難しい。凜が一人で歌うと言い張るので、俺は哲平と相談し、何度も練習を重ねてやっとテンポをそこまで速くすることなくほんの少し前乗りのリズムをつくりだした。ツーバスを組み合わせたのも、凜の負担を軽減し、同時にグルーブ感を消さないためだ。すっげえ苦労したぞ。
 凜がデスボイスで歌いながらギターのリフを弾く。聞く度に思うのだがどうやってるんだよそれ。超人的すぎる。見ている人も唖然としているが、さっきよりはのってきてくれている。予想してたよりみんな知ってたみたいだ。原曲で亮君の歌ってる部分はさっきの声で、Bメロになると女声に、ところころと声を変えていく。凄い集中力。哲平も顔色一つ変えずに正確無比なテンポでリズムを刻んでいく。俺はそれに乗っかるようにしてスラップを乗せていく。
 凜のギターソロ。ソロ部分は原曲より四倍小節数を長くして前半は凜のアドリブソロを入れている。ストラトが冷たい唸りを上げる。次に俺のスラップソロ。16分音符でなぎ倒すように音を重ねていく。この間に最後のサビに向けて凜が歌を整えると言うわけだ。しかし指痛い!
 ぶっ殺す、じゃなくて、ぶっ生き返す。意味はわからんけどメロディはかっこいいので結構好きな曲だ。曲が終わるとさっきより大きな拍手や歓声が飛び込んできた。次は俺のMCだ。
『えと、次が最後の曲ですが、一応、上からのお達しなので、「レフトオーバーズ」という名前の由来について話しておきます』
 ここで一度切る。みんなが聞く体勢に入ってくれた。ちなみに上からのお達しというのは、軽音の部長と顧問からMCではバンド名の由来を言って欲しいと言われたのだ。――特に理由無くつけた奴等はどうするのだろう。さらにちなみになのだが、大嶋さんたちの「エレクトリックガールズ」は「なんとなく、ガールズバンドっぽくって、かわいい感じだったから」だそうだ。いくらなんでも適当すぎるよ。
『あの、ウチのギターボーカルの凜は、発言が下品な奴で』
 一年であろう集団がみんなうなずいている。凜は不満そうに顔を膨らましている。自業自得過ぎる。
『俺は、人と関わるのが苦手で根暗で、ドラムの哲平は、まぁ見ての通りで』
 一年だけでなくみんながうなずく。ああ…! 不憫!
『まぁ、そんなわけで、みんなバンドを組めずに余っちゃって、そういうわけで、レフトオーバーズ、つまり、残り物って名前になったわけです』
 小笑い。まぁ傍目からすれば笑い話だよな。これ。本人はメッチャ気にしてるけどな。
『でも、まぁ、残り物には福があるわけで、今のとこ特に大きな福はないのですが、……まぁ、三人集まって音楽が出来るのが幸せなことなのかと思います。そういうことで』
『しゅーくん、くさい』
『うるせえ。』
 中笑い。いざという場面で臭いことを言ってしまう癖があるというのは自覚している。主人公補正という奴だろうか。……何を言っているんだ俺は。
『まぁ、そんな三人の決意もこめて、最後はこの曲で終わらせます。グリーンデイの「マイノリティ」』
 俺が曲名を言い終わるとすぐに凜がギターを弾き始めた。エフェクターを介さないクリーン音が会場に響き、そしてスネアの音がはじける。
 凜は地声で歌った。そっちの方がパンクっぽいとか言っていたな、よくわからんけど。ギターがやみ、俺のベースラインと哲平のアクセント的なスネアがグルーブを作っていく。この曲にとって正確なリズム感は命だ。前に練習室(仮)で、やったときより格段に研ぎ澄まされている。凜はマイクを掴み、身を乗り出すようにして声を叩きつけていく。
 
 俺は少数派になりたいんだ
 お前の権力なんか要らない
 大多数のモラルなんかぶっつぶせ、なぜなら
 俺は少数派になりたいんだ
 ――この曲をやっていて、思ったことがある。
 三人ともはみ出しものだけど、「はみ出し」てることの何が悪いんだ。そりゃ、俺だって凜の下ネタは気持ち悪いし、哲平の顔は怖いと思う。それは何人かの人に取っては迷惑なのかもしれない。でも、二人はそれだけじゃなくて、凜は見た目だけならかわいいし誰も思いつかないような突飛な想像力と音楽性とテクニックをもってるし、哲平だって顔に似合わず家庭的だし実は優しい人間だしドラムもめちゃめちゃ上手い。俺は二人のそういう部分を知っている。一見見えないところだけど、俺はその部分を他の人も見ようとするべきなんだと思う。そうしたら二人のことをもっとみんな理解できる。二人の悪い点だって笑い話に出来るようになれる。他人を真剣に理解しようともしたことのない奴等がこの二人をバカにするなんてふざけてる……無視される原因を直さないのが悪い?知るか!同調圧力?んなもん塩でもぶちまけろ!
 まぁこんなこっ恥ずかしいこと心の中でしか言えないんだけどね。
 曲は終わりに向かっていく。俺のコーラスと凜の声が重なる。俺が凜をちらっと見ると、少し目があった。感情は読み取れなかったが、初めて会った日に、ストーンコールドブッシュをやった時と同じような気持ちになれた。温かくて、楽しかった。



 曲が終わると割れんばかりの歓声が響いた。
 成功、といって良いのか? まぁ初回なので甘めにしておこう。成功だ。
 とりあえず、これが今の俺たちの精一杯だ。



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