Episode43: 暴かれた闇(後編)




 失踪した凛を見つけたのが15時30分。俺たちの本番まで残り30分という時間だった。10分前にはステージ裏でスタンバイだから本当にぎりぎりのタイミングだった。
 俺が凛を控室に連れてきたとき、哲平は少し怯んだような顔をした。しかし凛が「心配かけてごめんね。髪の毛切りに行ってた」と一言いうと、哲平は黙って頷いた。
 それから俺たち3人は無言で準備を始めた。凛はエフェクターボードを広げてつまみを弄り、それからチューニングを始めた。哲平はスネアのチューニングをしている。俺もチューニングをした。空気がめちゃくちゃ重い。哲平は俺や凛に怒りたいのを我慢しているんだろう。凛は何を考えているのか全く分からない。
 俺は息が詰まりそうになって、いったん控室を出た。控室を出たのと同時に、凛を探すのに夢中になっていて忘れそうになっていた尿意が戻ってきた。小走りで最寄りの男子トイレに駆け込む。かすかに漂うアンモニア臭が鼻腔を刺した。
 トイレの白いタイルを眺めながら、俺は深くため息をついた。これまでレフトオーバーズで何度かライブをしたが、その中で最悪のコンディションだ。全員がばらばらの方向を向いている。こんな状態で世界最強の3ピースバンドなんかやりたくない。っていうか、こんな状態でライブなんてできるのか。
 俺が小汚い小便器と対話していると、哲平がやってきた。ライブ用の黒いTシャツに着替えている。俺もさっき走り回って汗をかいたというのもあって、黒い襟付きのシャツに着替えた。俺が黙っていると、哲平も俺の隣の小便器で用を足し始めた。
「そういやお前と連れションするの初めてじゃないか」
 哲平が前を向いたままそういうので俺は「そうかも」とつぶやいた。
「凛、結局、どこにいたんだ」
「町中探したんだけど、結局一番はじめに探しに行った練習室(仮)に戻ってた」
「そうか……ご苦労だったな」
「いや、まあ俺のせいだからな」
 そう言うと哲平は突然フフフッと笑い声を漏らした。
「なんだよ」
「いや、突っ込める雰囲気じゃなかったから言えなかったんだけどさ、男にフラれて髪の毛切るって……どんなベタなリアクションだよ……」
「いや、正確に言うと、俺はフッたわけじゃないんだけどな」
「もうフッたようなもんだろ」
 俺が手を洗っていると、哲平はそう言ってため息を吐いた。鏡の前でじっと自分の顔を見ていると、ひどく疲れた男子高校生が鏡の向こうから俺を見ているのが見えた。ていうかこれ俺か。一瞬誰かと思った。
 そんなことを考えていたら哲平が隣の手洗い場で手を洗いながら口を開いた。
「一見して最悪のコンディションだな、このバンド」
「俺も同じこと思ってた」
「とりあえず凛と話すなら後でやってくれ。今はライブに専念してくれ」
「分かってる」
 俺は蛇口を捻った。キュッという不快な音と同時に水が止まる。手のひらをふると水がぽたぽたと洗面台に吸い込まれていった。何か色々大事なものを同時に落としたような気持になったが、とにかく今は前に進むしかなかった。
 トイレの入り口まで行ってから振り返った。哲平はまだ手を洗っていた。
「哲平、俺もお願いがある」
「なんだ」
「凛がライブ中暴走したら……というか暴走すると思うんだけど、俺はできるだけついていこうと思う。その時は一緒について行ってくれるか」
 俺がそういうと、哲平はまたため息をつきながら頷いた。
「出来得る限り俺もそうするよ……でも、本気出したあいつに、俺らはついていけるのか」
「わからん」
 わからんが、やってみるしかない。



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