Episode21:微粒子を核として結晶化した水蒸気




 十二月一日。
 町を歩けばそこら中から「オールアイウォントフォークリスマスイズユー」とか「きよしこの夜」とかのクリスマスソングが流れてくる。テレビをつけても某チェーン店のCMが「クリスマスが今年もやってくる」とお馴染みの曲を掛けて高らかに宣伝している。もう冬休みまで行事は特にないということもあってか、教室も少し浮き足立った空気に包まれているような気がした。
 そんな周りの浮き足だった雰囲気に反比例するように、クリスマスが近づくにつれ俺の気分は重くなっていった。球技が苦手な子にとっての球技大会のように、歌が下手な子にとっての合唱コンクールのように、しらけた気持ちが胸を覆っていた。何が楽しくってこんな浮ついた雰囲気に乗せられなきゃならないんだ? 家族でケーキを食った後一人でネットでも見ながらボーッと過ごす予定しかない俺の身にもなって欲しい。
「だから、あの部分はこう、ワシャワシャ! ってやるんじゃ無くって!」
「ワシャワシャってなんだよ……」
「でもてっちゃんのスネアの音を表現するとこんな感じだもん! ねえしゅーくん!」
「そうかな」
 俺は手のひらを見つめながら生返事をした。昼休みに俺の教室で弁当をつつきながら、二十四日のクリスマスイブに学校でやるクリスマスライブに向けて、俺たちは作戦会議をしていた。クリスマスイブのクリスマスライブってなんか面白いな。
「あ、音が無駄な所へ拡散する感じか?」
「むー……そうかも。なんかもっとバスッっていうか、モスッっていうか!」
「芯のある音が欲しいってことか。あのさ、凜、お前、擬音が多すぎるんだよ……適当で良いからもう少し具体的な言葉を使ってくれよ」
「むー、でも、こっちの方がわかりやすくない?」
「いや、わかりにくい。だよな、鷲」
「そうかな」
 俺は、今度は窓の外を見ながら生返事をした。空は濃い灰色の雲で覆われていて、強い風が木立を揺らしており、見ているだけでも寒そうだった。帰るの嫌だな……。
「しゅーくん! 真面目に聞いてる?」
「え、ああ、うん。ケン○ッキーがなんだったけ?」
「お前……」
 凜と哲平からジト目光線を浴びる。ジト目光線ってなんかウルトラマンに出てきそうだな。なら俺は怪獣か。ハハハ。
「大丈夫か? 腹でも痛いのか?」
「ああ、片腹は痛い」
「それそう言う使い方するんじゃないぞ」
「頭痛が痛いみたいなもんだよね!」
 凜は得意顔で言ったが、哲平は「いやそれも違う」と呟いて腕を組み直した。ボケが多いと突っ込みは大変だろうな、と俺は少し反省した。
「大丈夫……しゅーくん、最近上の空になる瞬間多いけど」
「そうかな……ってか何でそんなこと分かるんだよ。ストーカー?」
「むー! 人が心配してやってるのに! このタムシ!」
 俺は思わず顔をひきつらせた……なんつー表現だ。その罵り言葉は一番人に使ってはいけない奴じゃないかな。哲平も顔をひきつらせながら口を開いた。
「凜、その表現はまずい……そういえば、鷲、あのCD、どうなったんだ?」
「あ、そうそう……私もそれ思ってた」
「はぁ……」
 二人が同時に核心をついてきたので、逃げ場を無くした俺は深く溜息をついた。
「CDは渡したんだけど、柚木が……家に来なくなったんだよ」
「は?」
「へ?」
 凜と哲平の二人が同時にマヌケな声を出したが、俺は無視して話を続けた。
「CDを渡した時、ちょっと口喧嘩みたいになっちゃってて、それ以降出会ってない。家が近いのに出会ってないってのも変な話だけど」
「なんか倦怠期のカップルみたいだな」
「むー……か、かぷーる!」
「なんだよかぷーるって」
「お前ら聞きたいのか聞きたくないのかどっちだよ」
「ああ、ごめん」
「ごめす」
 俺が少しイラッとした声で怒ると、二人はすぐに謝った。凜のは謝ってるのかどうか良くわかんないけど。ったく、人がせっかく話す気になったというのにこの二人は……ただでさえストレスのかかる話ししてるのに、余計なストレスをかけるのをやめて欲しいよ。
「それで、こないだ俺の誕生日だったんだけどその日も来なくて……」
「はあ? しゅーくんの誕生日?! 聞いてないよ!」
「あれ? 言ったこと無かったっけ?」
 実は十一月二十七日が誕生日だった。これで十六歳になったわけだがツ○ヤの奥には入れないしコンビニの例のコーナーの雑誌も大手をふって変える年齢ではないので、特になんの感動もなかった。何の感動だよって話だけどな。
「なんだよー言ってくれれば私の秘蔵エロ画像フォルダを……」
「凜、わかった。その先は言わなくて良い」
「うん、わかった。遅れちゃったけど……今度メールに添付して送るからね!」
「それやったらお前のアドレス着信拒否にする」
 ニヤニヤしている凜を俺は睨み付けた。凜セレクトのエロ画像なんぞ下手するとウイルスより質が悪い。しかし凜のそのフォルダというのは気にならんでもないので今度個人的に話しを聞……かない! 興味なんてないんだからねっ! ほんとだからねっ!
「それで、柚木ちゃんと喧嘩してて、しゅーくんは日陰に生えてる正体不明のキノコみたいにナヨナヨしてるってわけですな。てっちゃん、どう思う?」
「凜、その表現もまずいと思う……でも、怒るのは当然じゃないか?」
「へ? なんで?」
 俺が聞き返すと、哲平は少し声を落として話し始めた。
「だって、リブ・フォーエヴァーって、あの子の葬式の時にかけて欲しいって言ってた曲なんだろ? ならその曲を渡すってことは……」
「むー……『お前は死ね』って言ってるように聞こえるよね」
「そう、かな……」
 俺は言葉に詰まって黙り込んでしまった。そんなつもりは俺には全く無かったけど、柚木はそう思ってしまったかも知れない。そうだとしたらとんだ失敗だ。でも少し違和感があった。
「でも、CDの内容について口喧嘩したんじゃないぞ? 聞く前から怒り出したし」
「じゃあ、そのことで怒ったのじゃないのか」
「それじゃ、何で柚木ちゃんは怒り出したの?」
 凜がそう聞いて、俺はまた言葉に詰まってしまった。それは……なんとなくわかっているつもりではあったが、口に出したくなかった。柚木が俺に置いて行かれて寂しがってるかもしれないなんて、口が裂けて言えない。第一俺が自意識過剰なだけで、柚木は本当にCDを聞いて怒っているのかもしれない。うーん……よく考えてみたら分からないことだらけだ。俺は黙って答えを待つ凜と哲平に首を横に振った。
「わかんないことが多すぎて何とも言えない。ボーッとしてたことは謝るよ。これから気をつける。だけどこれは俺と柚木の問題だし、気にしないでくれ」
「で、でも」
「凜」
 不満そうな声を上げた凜を哲平が手で静止した。
「理由言ってくれただけでも納得したし、これ以上詮索はしないでおこうぜ」
「すまん、哲平」
「プレイに変わりがなければそれでいいだろ、な、凜」
「……まあね」
 凜はまだ納得してない様子だったが、それでも顔を縦に振った。この二人にまた迷惑を掛けるわけにはいかないし、文化祭の時みたいになったら元も子もない……俺は机の下で拳を固く握った。惚けている時間は無い。
 そうこうしているうちに昼休み終了五分前を告げる予鈴が鳴った。教室にいる生徒が忙しなく動いて自分の席に戻り始める。哲平と凜が立ち上がったので、俺は手を挙げて声を掛けた。
「じゃあ、また明日の放課後練習な」
「オッケー。またな」
「またね!」
 そう言って去っていく二人を見送った後、俺は机に突っ伏して、手持ちぶさたに携帯を開いた……メールが来ている。大嶋さんからだ。
『今日の放課後、時間があったら、この教室に残ってて欲しいな……大事な話があります』
 俺が向こうの席に座っている大嶋さんを見ると、大嶋さんは微笑みながら小さく手を振った。俺は眉を寄せながら携帯を閉じた。どうしたのかな。



 放課後、俺がトイレから教室に戻ってくると、大嶋さん、ツッキー、団子さん、なっちゃん、つまり、エレクトリックガールズの4人が神妙な顔つきで黙り込み、円になって座っていた。4人以外は誰もおらず、教室の空気が何故か緊張していた。なんだこれ。
「……なにこれ何かの儀式?」
「ああ、桂木くん、良く来たね」
 教室に入ってきた俺に向かって、団子さんが全くトーンが上下しない無機質な声を出した。俺はおそるおそる4人とは少し離れた机に尻を載せながら、大嶋さんに声を掛けた。
「で、これは何の集会?」
「あのね、もうすぐクリスマスじゃない」
「そうだね」
「だから……わかるでしょ?」
 俺は顎に手を当て、少し考えるようなポーズをしてから口を開いた。
「クリスマスライブの相談とか?」
「は?」
「これだから男は……」
「ちょっと待って! なんで! 軽音部なんだし!」
「残念だけど違うの。桂木くん」
 俺は至極真っ当なことを言ったつもりだったのに、ツッキーと団子さんから集中砲火を浴び、大嶋さんにたしなめられた。こんなのってないよ!
「あのね……なっちゃんから言う?」
「無理ぽ……」
 なっちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいたので、鈍感な俺はようやくだいたいの事情を理解した。ってか「無理ぽ」って久しぶりに聞いたな。
「あー、もういい、だいたい分かった」
「何で最初から気づかないかねぇ」
「まあ桂木くんにそんなクオリティ求めてもダメだよ、ギャハハ」
「さっきから二人とも桂木くんのことディスりすぎだよ……文化祭の日のことは、桂木くんのお陰でうまくいったんだから」
 俺が苦々しく思っていると、団子さんとツッキーの悪口を大嶋さんが庇ってくれた。ま、言われても仕方無いくらい鈍感というか察しが悪いのは自覚しているからなんとでも言ってくれればいい。俺は外野を無視してなっちゃんに話しかけた。
「で、哲平とは仲良くメールできてるんでしょ?」
「ま、まあ、直接喋る機会は少ないですけど、メールは……全然送って来てくれないんですけど、送ると、結構早く丁寧に返信が」
「あいつ律儀だからな……あと、絶対自分からメール切ろうとするだろ? 話の流れ的にほっとけばいいのに」
「そう! きちんと『おやすみなさい』って来る!」
「えーと、えへん」
 二人で『哲平あるある』で盛り上がりかけていたのに大嶋さんが咳払いで静止した。まあ、話の本筋には関係ないと言えば関係ないよね。
「それで、阪上くんとの間に、クリスマスにどうにかして何らかのイベントを起こしたいという話なんだけど、桂木くん、何か良い方法無い?」
「ふむ」
 大嶋さんの簡潔な説明を受け、俺は腕を組み直して真剣に考えることにした。正直、他人の恋愛なんて結構どうでもいいんだけど、自分が導火線をセットして火をつけたんだからその分の責任を持たないわけにはいかない。……どうしたものか。
「クリスマスライブの後とかはどう?」
「どんな風にするの?」
 大嶋さんが聞き返すと、団子さんが身を乗り出し、なっちゃんが少し目線を挙げ、ツッキーが眉間に皺を寄せた。俺は咳払いをしてからぱっと適当に考えた作戦を説明し始めた。
「んー……打ち上げと称して、うちのバンドとエレクトリックガールズがどっかの店に行く。それで、適当に時間を過ごした後、帰り道二人っきりにする。後は頑張れ! みたいな!」
 確か哲平となっちゃんは家が割と近いので、帰る道が途中まで一緒のはずだ。問題は、凜も哲平と帰り道が一緒なので、凜をどっかのタイミングで計画に巻き込まないといけないんだけど、それはまた考えたらいいだろう。
「どう? 凜は俺がなんとかするから、大丈夫だと思うけど……」
「……」
「……」
「……」
「……」
 沈黙する4人。ああもうめんどくせえ! 3点リーダを無駄に読まなきゃならない人の身にもなってみろ! 俺は荒ぶる気持ちを押さえながらダメ押しした。
「メール以外で喋れてないなら、これくらいが身の丈にあってると思うんだけど?」
「……いいんじゃない? そうか、私ら全員で場所をセットする手があったか。それなら自然だな……桂木くん策士だねぇ」
 口火を切ったのはツッキーだった。俺はほっと胸をなで下ろした。
「私らの予定が合えば良いけど。誓子は? 彼氏と予定あるんじゃなかったっけ?」
「予定は25日。イブはあっちがバイトあるからダメなんだって。だから私もオッケー」
 団子さん彼氏いたのか。詳しく聞きたかったが話がややこしくなるので我慢した。
「で、ユーコは? 逆に都合が良いよね?」
「都合?」
 俺が大嶋さんに目線を移すと、大嶋さんは少し焦ったような声を出した。
「ちょ……全然良いと思うようん全然良いんじゃないかなゥフフフフ! あとツッキー後でどつきまわすゥフフフフ」
 俺は身をよじって大嶋さんから少しだけ距離を取った……どつきまわすって。今なんかツッキー悪いこと言ったか? ってか大嶋さん偶にめっちゃ口悪くなるよな。そんな大嶋さんを完全に無視し、ツッキーはなっちゃんの方を向いた。
「で、なっちゃんは? 頑張れるの?」
「が、ががが?」
 ガガガSPっていたな……そうか、この計画の致命的な欠陥は、なっちゃんが一人で頑張らないといけないというところか。でも俺らができるのは場所のセッティングだけで、それ以上は本質的には無理だと思う。俺は赤くなっているなっちゃんの顔を覗き込みながら聞いた。
「いけそう?」
「が、んば、り……ます!」
 大丈夫かな。



 心底面倒な五者面談を終えた俺は、一人で下駄箱から靴を出し、校舎の外へと踏み出した。冷たい空気を肺の中に入れ、モヤモヤする胸の中を冷やそうとしたが、無駄に体温を失って不快感が増すだけだった。そして吐き出した白い息が目の前もモヤモヤと覆った。
「寒いな……腹立つな……」
 冬だから、日が落ちれば寒くなる。そんな当たり前すぎることに俺は腹を立てながら、冷気を少しでも避けようとしてブレザーの下に着たセーターの袖を指先まで引き延ばした。焼け石に水程度だが無いよりはマシだと思う。部活や委員会活動帰りの生徒が群を成して校門へと向かっていく。その光景を見ながら、俺もトボトボとその塊に加わった。
「あ、しゅーくん!」
 後から声がしたので振り向くと、自転車置き場からいつもの白い自転車を引き連れた凜が出てくるのが見えた。
「桂木さんチャーッス!」
「なんだよその体育会系みたいなノリ……」
 溜息をつきながら凜を睨むと、凜は可笑しそうに笑った。二人で校門までの短い距離を歩く。そこで、凜になっちゃんのことを言っておかなければならないのを思いだした。
「あ、そうだ、凜」
「何?」
 凜が口をとがらせてこっちを向いた。えーっと、どこから話したら良いんだろうか。そう言えば前哲平と近づける作戦をやった時は凜と喧嘩していて喋ってなかった頃だったから……初めからいわないとダメなのか。
「あのさ、なっちゃんってわかる?」
「えーっと、あの、一年生のガールズバンドのベースの、ロリ要員?」
「どんな覚え方してるんだよ……」
 間違ってないけど間違ってるような気がする。人として。
「で、あの子がどうかしたの?」
「ああ、あの子、えーっと、その……哲平が好きらしいんだけど」
「うそっ!!!」
「ちょっ、声でかいってばよ!」
 凜が驚いてクソでかい声を出したので、前を歩いていたバレー部の女子の塊が怪訝そうな目でこちらを見た。俺は何でも無いですと言うことを表すために、申し訳なさそうに笑いながら右手を振った。
「ふぇー、あの顔面凶器にもモテ期が来るとは……」
「いや、モテ期っていうか、何か中学の時の音楽スクールで一緒だったらしくて」
「あ、あの夏祭りの時の子か。きちんとフラグ回収してくるなぁ!」
「いや、意味わからん……」
 俺は興奮する凜をなだめるような目で見て、端折りながら説明を続けた。
「それで、まあ、なんか色々合って、長文メールするくらいまでは仲良くなってるんだけど、あともう一押しなんかイベントが欲しいらしくて」
「ふんふん。それで?」
「で、クリスマスイブなんだけど……」
「わかった、セクロ……いったぁ!」
 俺は無言で凜の頭に拳骨を落とした。拳の先から反作用による痛みがじわりと拡がった。
「今絶対本気で殴ったでしょ……じんじんするー!」
「あのな、言って良いことと悪いことがある。例えお前の存在意義が下ネタでもだ」
「違うよ! 今はセクロモンヒメハマキって言おうとしたんだよ!」
「何だよそれ」
「黙れそしてググれ! すぐ下ネタを想像するしゅーくんがわるいんだよ! セクロモンヒメハマキに三十回ほど土下座して謝れ!」
「いいから苦しい嘘をつくな」
 俺は顔をひきつらせながら凜を睨んだ。因みに、家に帰ってググったら、ハマキガ科ヒメハマキガ亜科の蛾の名前だと言うことがわかった。そんな知識何処で仕入れたんだよ。そしてどちらかというと綺麗な蛾ではなく嫌がられる感じの蛾だった。土下座したところで多分しらけた顔を返されるだけだろうな。
「……だって、クリスマスの夜に男女が集まってすることなんてセ○○ス意外無いでしょ」
「もっと色々あるだろうよ……面倒くさいから突っ込まずに本題に戻すけど」
「やだ……突っ込むなんて……初めてだから優しくしむぐぅ」
「お前一回黙れ」
 埒があかないので俺は凜の口を無理矢理塞いだ……なんでこんなに妙にテンション高いんだよ。哲平の話を聞いて興奮しているのか。だけどめんどくさい話だからさっさと終わらせたいので、要らないボケをいれないで欲しい。
「クリスマスライブの後、打ち上げと称してうちのバンドとエレクトリックガールズがどっかの店に行くから、そのあと帰り道二人っきりにする作戦を立てたんだけど」
「むぐむぐ」
「なっちゃんと哲平は変える方向が同じなんだけど、お前も一緒だから空気読んでくれたら嬉しい」
 きちんと最後まで言い切った後、俺は口を塞ぐ手を離した。「ぷはぁ」と、息を開放するような声を上げながら、凜は深く頷いた。
「なるほど……分かったけど私に空気を読めって言うのは、フランス人に般若心経を読めというのとほぼ同義語だと思う」
「自分で言うなよそれ……」
 例えの適切さに妙に感心してしまったが、自覚してるなら直せよと言わざるを得ない。
「とにかく、空気読んでやってくれ、な?」
「わかったけどなぁ……むー」
 凜が拗ねるように口をとがらせ、俯く。凜は自然にやっている仕草だと思うけど、凜以外の人がやったらぶりっ子に見えそうな仕草だ。不覚にも可愛いとか思ってしまった。
「なんか気に入らないことでもあるのか?」
「いや、いいんだけどね、なんか誰かの恋愛に他人が世話を焼くっていうのにちょっと違和感があって」
「あー……」
 確かに、不自然と言えば不自然だ。俺は大嶋さんとか他の人との付き合いがあるから話に乗らざるを得なかったが、凜にとっては何の義理もない。そういう疑いをしてしまうのは当然と言えば当然だ。
「ほら、好きな人がいるって子に、他の子が『応援するからね!』ってのあるじゃん? あれ聞く度に変だなって思ってたんだけど」
「へぇ、お前と恋バナをする女子がいたとは」
「勿論立ち聞きですが何か?」
「なんでそんな自慢そうに言うんだよ」
 親指を立てた右手を挙げ、凄く良い表情で凜が即答する。これがネット上なら「(キリッ」って言うのが語尾につきそうだな。
「しゅーくんはどう思うの?」
「まあ、言ってることはわからんでもない。自分で努力してこそ恋愛ってのはあるだろう」
 そこで一呼吸置いて立ち止まる。
「でもなぁ、実際の所、情報戦みたいなところあるしなぁ。少女漫画とかラブコメみたいな綺麗な恋愛なんて成り立たないんだろうな」
「なるほど……つまり恋人ができるのはリア充のみってことですな」
「そうだな……恋愛なんてコミュ力の問題なんだろうな」
 そう言ってコミュ力がサハラ砂漠並みにカラッカラの二人で顔を見合わせてニヤリとした。まあ、俺は話しかけるのが苦手なだけで仲良くなれば話はできるし、凜も以前よりは解消されたような気もする。
「でも……むー」
「何?」
「でも、やっぱ、ロマンチックなのも大事だよね」
 凜は夕方の空を仰ぎ見ながらそう言った。俺も釣られて上を見ると、鈍く光る冬の曇り空が俺たちをにらみ返した。
「なんか、クリスマスの夜とか、そういうシチュエーションで告白されたりしたら……むふふふふふ」
「笑い方がキモい」
「むー……否定出来ない」
 俺が笑いながらそういうと、凜も苦笑いしながら俯いた。でもやっぱり凜も女の子だな、と思う。そういえば、まだ、俺のことが好きなのだろうか……何考えてんだ俺ぬああああああああああああ!!
「どうしたのしゅーくん。東大寺四天王像の持国天像に踏まれてる邪鬼みたいな顔して」
「な、なんでもない、ってかその例え何人に伝わるんだよ……」
「しゅーくんに伝わってるからいいんじゃない?」
「そ、そうだけど!」
 色々あったから暫く忘れてけど、そう言えばそういう設定があったな……急に凜のことを女の子として意識してしまう。いや、その、恋愛的に好きって訳じゃないけど、やっぱ、可愛いと言えば可愛いからね! それは、うん。だけどね! そのバンドを崩したくないって言うか、だからその、って誰に言い訳してるんだかなんだかそのあああああダメだ俺。
 俺は今にもショートしそうになった頭を振り、邪念を飛ばそうとした。その時だった。
「……あ」
「ん? ……あ」
 凜が小さな声を上げたので、それに釣られて顔を上げた。
 白い小さな粒が視界を埋めていく。
 少しずつ、少しずつ。
「……雪だ」
「雪、だな」
 突然降ってきたそれは、瞬く間に勢いを増してきた。
 学校の門から続く道を一気に白い幕で覆うように包み込む。
「今年の冬になって初めてだから……初雪、だよね」
「そうなる、のかな」
 今年の最初だとすると一月に降ったのになるけどな。でも正直その辺のカウントの仕方はよくわからない。凜は寒そうに体を震わせながら、白い息と共に呟くように言った。
「きれいだね」
「……うん」
 そう言って俺は黙り込んだ。凜も珍しく空気を読んだのか、黙り込む。そうやって訪れた空白を、自転車が引きずられて立てるチリチリという音が埋めていく。その規則的な音の上に、俺の想像が広がった。

 ――昔話をしよう。
 ある雪の夜、ある夫婦の元に、女の子が生まれた。
 父親は、柚子の様に爽やかな女の子になって欲しいと願った。
 母親は、雪の様に儚く美しい女の子になって欲しいと願った。
 そして、その願いが重なり、その子は名付けられた――。

「ゆき……」
「ん? どうかした?」
「いや、何でも無い。雪降ってるからちょっと思い出したことがあって」
「うん、わかる。雪が降ってくると、なんか色々思い出したり、色々考えたくなったりしちゃうよね」
「それはそうだな」
 突然降ってきた雪は、混乱していた俺の思考を一気に奪った。そして、考え続けろと言わんばかりに今も勢いを増すように降り続いていた。俺がそう思いながら隣に顔を向けると、凜が自分の頭に乗っている雪を埃のように払い落としていた。
「ね、しゅーくん」
「何?」
「音が変わらなきゃ良いっててっちゃんは言ってたけど……私は、そうは思わない」
「……なんで?」
 昼休みの話か。奇しくも俺が考えていたことと重なっている。
「しゅーくんが元気ないの見るの嫌だもん」
「……なんかごめん」
「謝らなくて良いからさ」
 そう言って凜は一呼吸置いた。つん、と俺の方を睨むように見上げる。はっきりとした丸い目が、俺の情けない顔をしっかりと捉えていた。
「柚木ちゃんと仲直りしなよ」
「……そうだな」
 そしてこれも奇しくも俺の考えていたことに重なっていた。
なんか、凜に見透かされてるみたいで嫌だな。
 塊になった白い息を吐き出した。



 俺は、柚木に会いたくてたまらなかった。



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