Episode12:誰もが誰かをなんとやら




 今のこの雰囲気をかっこよく表すとすれば、アレだ。
  ZAN―SYO
 そう。こんな感じ。9月も後半なのに、まだ暑いんだこれが。
 しかし残暑だと言ってもいつまでも秋の上にのさばっている訳にもいかないのか、たまーに吹いてくる涼しい風が、秋の到来を告げている。まぁ、なんで天気の話なんかから始まるかって言うと、今、俺の人生の中でもトップを争うほど暗い日常を送っていて、導入になりそうな世間話が天気の話くらいしか無かったというわけなのですよ。ああ、どうも。みんな大好き桂木鷲です。え? 大好きじゃない? それはゴメン。
 最近の俺の日常と言えば、朝起きて、学校でかけて、授業受けて、急いで帰って、ずーっとベース弾いて、寝る。そんな感じだ。べースボーカルをやると宣言してしまったものの、凜とは違って真人間な俺は、ダニーカリフォルニアを弾きながら歌うということが至難の業なのであり、毎日何時間も練習しなければ無理だ、と判断したのだ。今思ったんだけどベースボーカルとベースボールって似てるよね。どうでもいいよちくしょう! そして今の古典の時間も先生が喋ってることがどうでもいいと思ってしまうが故に全く頭に入らないわけで、「きけりつぬたりけむたし」って何だ、というのが今の俺のもっぱらの悩みである。なんだこれは。新手の早口言葉か?
 まぁ、うん、はっきり言えば、俺は気が滅入ってしまっていた。凜と話さなくなって二週間以上。思ったよりダニーカリフォルニアも練習が進まず、凜とはますます話さなくなって、最近は顔すら見ていない。ずっと独りで練習しているので哲平とも会わない。まぁ、哲平とはメールで連絡を取り合ってるし、仲が悪くなってるわけではないのだが、レフトオーバーズが空中分解寸前の状態のまま超低空飛行を続けていて、いつぶっ壊れるか墜落するかとヒヤヒヤイライラしていて、精神がアレになりそうだ。
 そうこうしているうちに昼休みになった。最近は昼休みの時間も惜しんで練習しているので、昼飯を食わずにベースをもって誰もいなそうなところへ行くのが俺の日課になっていた。しかし今日はそうはいかなかった。教室を出ようとした俺の前に立ちはだかったのは……。
「桂木君。どこいくの?」
「え、ん、あー、トイレ。」
「へぇ……・。そのベース、邪魔にならないの? ゥフフフフ」
 教室から出て行くのを大嶋さんに阻止された。早く練習行きたいんだけど。ちっ。……実際に舌打ちしたら感じ悪いので心の中で舌打ちしておいた。
「桂木君、今日の昼休み、時間ある?」
「え? あ、あると言えば、あるような、無いと言えば、無いような、うーん、漠然としてて、」
「そんな形而上学的な感じなの?」
「いや、ありますよ。うん。はい。」
 ああ、この流れは何か厄介事に巻き込まれる流れだ。……人にかまっていられる身分じゃないんだけど、頼まれて、嫌と言えない、気の弱さ。……だって大嶋さんだからねぇ。まぁ、偶には休憩も必要だから、今日の昼休みは練習無しってことでもいいか。
「それじゃ、ちょっと付き合って欲しいんだけど、いい?」
「つ、つきあ!……ああ、そうか。うん。いいよ。」
「……今桂木君、違う『付き合う』を想像しなかった? ゥフフフフ。」
「し、てない、よ。ハハ、ハハハハ、ハ、ハ。」
 おい、そこのお前。何が悪いんだ。仕方ないだろちょっと興奮しちゃったんだよこの野郎。いや、でも、厄介毎に巻き込まれたとしても、こんな可愛い子と昼休みを過ごすなんてまるでリア充のようじゃないか。俺爆発しろ!
「ここじゃアレだから、カフェテラスまで行こう?」
「ああ、うん。」
 クラスの男子がニヤニヤ半分、うらやましさ半分、と言った感じでこちらを見ている。ははは、どうだ。うらやましいだろう。大嶋さんはフレンドリーの塊みたいな存在なので、クラスの男子にも他の女子にも信頼されていて、クラス委員長ではないのに委員長的な位置にいる、いわばクラスの裏委員長的存在である。さらにフリーだということで、男子からの人気もかなり高い。笑い声で票を失ってる気もするけど。だから、こう、なんていうか、興奮度が増すよね!



 とか言って調子に乗ってた俺が馬鹿だった。足取り軽く(俺だけ)二人で手をつないで(という俺の気分)カフェテリアにつくと、ツッキー、なっちゃん、団子さんの三人が待っていた。エレクトリックガールズのメンバーが勢揃いである。そして俺のテンションは酸素乖離曲線並に猛スピードでダウンした。ああ、厄介事オンリーだな、これ。
「ごめんね、ちょっと相談したいことがあって。」
「ああ、うん、いいよいいよ。」
 三人の座っているテーブルの空いている席に二人で座ると、出し抜けに大嶋さんに謝られた。そういう話は先に言って欲しかった。そして俺の興奮とウキウキを返して欲しい。
「あのね、なっちゃんの事なんだけど。……なっちゃん自分で言う?」
「いや、絶対、無理! 恥ずかしいです!」
 なっちゃんが赤面した。見ていて微笑ましくなる可愛さである。ああ、ロリコンってこういうのを喜ぶのか。大嶋さんは自分の弁当箱を開けながら言った。
「いや、私だって言うの気がひけるのに。じゃあ、ツッキーよろしく。ゥフフフ。」
「何で私……あー、こいつ、あの君のとこのバンドのヤ○ザ面いるでしょ?」
 ツッキーがいかにもめんどくさそうに話し出す。耳に掛かった茶髪を後ろに流した。こういう動作は女っぽいと思う。何考えてるんだ、俺。
「ああ、哲平ね。哲平が何か? 恐喝罪で訴えるのはやめてあげて。彼、あれが素だから」
「ギャハハ、違う違う。なっちゃん、あいつが好きなんだって。」
「……は?」
「いや、だから、あのヤ○ザが好きなんだって。」
「…………あの、悪いんだけど、もう一回だけ、」
「だから、」
「もういいですっ!何回も言わないで下さいっはずかしいから!」
「なっちゃん、大きな声出さないでよ。」
 団子さんがたしなめる。あまりの突飛さに自分の聴覚の異常を疑って何回も言わせてしまった俺が明らかに悪いんだけどね。ちょっぴり罪悪感。
「ご、ごめんなさい、つい興奮して……。」
「ってか、桂木君、わかったの?」
 団子さんが俺にパスする。何となく思ったのだが、この人、結構冷めたキャラだよね。よく言えばクールなんだけど、なんか見た目とギャップあるな。
「うん、俄に信じがたくて耳を疑ったんだけど何とか意味は理解した。」
「そんな言い方しなくても……」
「ああ、ごめんね! まぁ、人の好みって難しいからね!」
「そんな言い方しなくても……」
「あわわわわわわ」
 どんどん墓穴を掘る俺。どんどん落ち込んでいくなっちゃん。だってなれてない人と話すの苦手だから仕方ないだろこの野郎。どうしろっつーんだよこの野郎。目で大嶋さんに助けを求めると、大嶋さんが続けてくれたこの野郎。
「あの、桂木君への相談っていうのは、なっちゃんと阪上君をどうにかして近づけるのに協力して欲しい、ってことなんだけど。」
「ああ、うん、把握した。ってか、凄く基本的なことなんだけど、鷹司さんは、哲平とはどこで知り合ったの?」
 俺が拗ねてつーんとしているなっちゃんに聞くと、なっちゃんは自分の顔を両手ではたいて顔をもとの状態に戻そうという努力をして、話し始めた。
「あの、私、中学の時、阪上君と音楽スクールで一緒だったんです。」
「ああ、うん。そういえば、この前言ってたね。」
「その時に知り合って……」
 なっちゃんはさっきよりは落ち着いた声で話し始めた。
 なっちゃんがまだ中学生だった時、ビートルズのサージェント・ペパーズのレコードを聴いて、そこでなんでか知らんがロックに目覚めたらしい。自分もポールのようにベースを弾いて、バンドをやってみたい、と考えたなっちゃんは、ベースを始め、音楽スクールに通い始めた。
 スクールの学習プログラムの中にバンドを組み、バンドの中でグルーブ感を養うというプログラムがあり、なっちゃんもそれを始めた。けれどまだ初心者だったために他のメンバーについていくことが出来ず、ギターの二人は練習中、曲にならないとあからさまになっちゃんを嫌がった。しかしドラムの子だけはずっと黙っていて、顔が怖かったもんだからギターの二人と同じように嫌われていると思っていたのだが……。
「……阪上君は違ったんです。」
「はぁ。」
 なっちゃんは昔を思い出すように遠い目をしながら嬉しそうに言った。そんなキラキラした夢見る乙女顔で言われても。相手が哲平だと「夢見る」の意味がトリップ的な意味になってそうで怖い。
「練習終わった後に練習室に呼ばれて……最初何されるかと思ってホントびびってたんですけど、」
 この子、よくついていったな。ちょっと将来が不安になってきた。
「俺のバスドラに会わせてスケールを弾き続けろって言って、無言でエイトビート刻んでくれるんです。」
「ああ、バスドラを聞いて合わせるのは基本だからね。」
 なるほど、意味がわかった。哲平はこの子がせめて足手まといにならないようにリズム感とタイム感をつけようとしたんだ。ところでリズム感とタイム感って意味が似てるけどちょっと違う意味だと思うんだ。関係ないけど。
「それを練習時間の後ずっとやってくれたんですけど、その練習のお陰でみんなにも文句言われなくなってきて、」
「……で、その優しさと顔とのギャップに惚れた、と。」
「顔とのギャップだけ余計です……。」
 なっちゃんは俺をジト目で見つめた。なるほど、哲平もかっこいいことしてるじゃないか。っていうか、そもそもあいつは本質的に悪い奴じゃない。レフトオーバーズの中で言えば、見た目以外は最も常識人だ。しかし、不可解なことが一つある。
「あのさぁ、それだけ仲良かったんならあいつも覚えてるはずじゃない?」
「そうなんです。そう思ってたんですけど……。」
「そ、こ、で、ですよ!」
 なっちゃんがヘコみそうになったので、大嶋さんが割って入ってきた。おお、他のメンバーがいたことちょっと忘れてた。
「どうにかして、阪上君に思い出してもらおう大作戦なわけですよ!」
「はぁ。でも、どうやって?」
「だから、それを考えようって言ってるんでしょ。」
 ツッキーが指を手持ちぶさたそうにクルクルと回しながら言った。うーん、どうやってか。
「単純に、俺が直接そのエピソードを聞いてみたらいいんじゃない?」
「桂木君って女心がわからないタイプだよね。」
「否定はしません、すいません。」
 団子さんに鋭く突っ込まれた。……そう。女心さえわかれば凜とも仲直りできるんだけどね……ってか、やっぱこの人クールキャラだな。団子さんが続けた。
「そんなこと言ったら、なっちゃんが思い出して欲しいって思ってるのがばれるじゃん。」
「ああ、なるほどねぇ……。じゃあ、どうすれば……」
「桂木君が、上手いこと話をなっちゃんの方向へ持って行くこととかできない?」
「大嶋さん、俺がそんな小器用な人間に見える?」
「見えない。」
 即答かつ断定かよ! いや、自分で言ったとはいえなんかショックだよ! 半笑いのツッキーが大嶋さんの肩を叩いた。
「ユーコ、今のはいいの?」
「ああ、ううんううん、そんなことない。桂木君ならきっとそういう繊細な技も出来ると思うよゥフフフフ!」
「いいよフォローしなくても……どうせホントにできないから。」
 焦りすぎだよもう遅いよどうせ俺は不器用だよ。まぁ、それに、今は哲平とも凜の話以外の話をしないからな。俺が誘導するのは難しいだろうな。
 結局その後は五人で頭を抱えたまま昼休みが終わってしまった。まぁ、結果として女の子に囲まれて昼休みを過ごしました、ということにしておこう。そっちの方が楽しかった記憶になるような気がする。しかし俺の頭の中でも桂木鷲リア充説が立ってしまった。



「鷲、私がピーチ亀でぶっ殺してあげるから、私の邪魔しないでね。」
「俺がやるから良いよ。ってかその発言は女としてどうなんだよ。」
「ばっちこい!」
「いみわからん……ああ、俺に当たった!」
「鷲が避けろよ。」
「後ろから来るのに避けられるか!……次亀出たら柚木狙うからな。」
 飯を食った後、ベースを握ろうとした瞬間、柚木に胸倉を捕まれてゲームをしようと誘われ(正確に言うと脅され)たので仕方なくゲームをすることになった。……今日はなんだか練習を妨害される日だな。ちなみにカセットはマ○オカート64。かなり古いゲームなのに今やってもおもしろい。やっぱりパーティ性があるからだよな。……あ、ここ、確かショートカットポイントだ。
「えいっ、行っけえええええ!」
 Zボタンを連打して、金のキノコを解放し、空を飛ぶ。おれの緑色の恐竜は羽が生えたかのように自由に空を舞った。……着地成功。ショートカット成功だ。
「っしゃあざまぁみろ。」
「ああ、ずるい!」
 柚木は悔しがって、苛立ち紛れに持っていた亀を全部前の茶色ゴリラにぶつけた。茶色ゴリラが宙を舞う。……汚ねえ花火だな、的な?
「……鷲、最近ベースばっかやってるよね。」
「ずっとベースばっかりやってるよ。」
「いや、そうだけど、ベース以外のことをやらないっていうか。」
「……勉強はしてるぞ。」
「いや、そうじゃなくって、あー、もう!」
 一位だと思って油断してたらもう柚木が三位まで近づいていた。そろそろ青いとげとげの亀が飛んできそうだ。ショートカットでつけた差を順調に広げていく。一位だと良いアイテムが来ないのでおもしろみがないな。
「だから、なんか、鬼気迫る感じでベース弾いてて、ぜんぜん楽しくなさそうだし、なんかあったのかな、って思ったの。」
「ああ? そうか?」
「曲も基礎練ほっぽり出してダニーカリフォルニアしかやらないし、いくらベースボーカルだからって不自然だと思う。」
 ショートカットを使った俺は圧倒的な差でレースを終えて、柚木がゴールするのを待っていたが、柚木はあまり時間をかけずすぐにゴールして手を止めて俺の方を見つめた。……だめだな、スルーしきれない。
「いや、ちょっと本気出さないとヤバいな、と思ってさ。」
「うん、もういいや、遠慮せずに聞くけど、凜ちゃんと何かあったの?」
「っ、な、にも、ねえよ。」
 ……なんて鋭い女だ。あきれると同時に恐怖すら覚えた。そういえば、柚木にはケンカしていると言うこと全く知らせてなかった。余計な心配をかけたくなかったし、知らせる機会もなかったからなんだけど。明らかに動揺している俺を目の端に捉えると、突然柚木はロクヨンの電源を切った。
「ああ、俺勝ち越してたのに! どうしてくれる!」
「いいよマリカなんてどうでも。」
「お前がやろうって言ったんだろ。」
 そういってから気がついた。そうか、ゲームは口実で、これを聞き出すために二人になりたかったのか。このマリカ自体が仕組まれたモノだったのか! ガーン! 
 そしてもう一つ気がついたが、柚木が今着ている「超展開」って書いた漢字Tシャツ、俺のだ……いつパクったんだこの女!
「で、何があったの? ケンカでもしたの?」
「……うん、まぁ、ね。」
「いつから?」
「夏休み空けてすぐ。」
「原因は?」
「全くわからん。突然キレられた。なんだったっけ……『しゅーくんに私の気持ちがわかるわけ無い』って言ってたな。」
「ふむ。」
「……俺は、レフトオーバーズがあいつにプレッシャーをかけすぎたんだ、と思っておくことにしたんだけど、どうも違う気がする。でもそれ以外考えられ無くって。」
「ふむ。」
 柚木は俺のベッドに倒れ込んで、手を頭の後ろで組んだ。「超展開」の文字が柚木の胸の上で踊る。俺、将来柚木のTシャツの文字になりたい……何考えてるんだ俺。
「あの時、えーと、夏祭りの時に会ったのが最後で、その次に会ったのが夏休み明け?」
「うん、そう。」
「うーむ。そうか、なるほどね。」
 柚木はベッドから飛び降りると、俺のギタースタンドから自分のエピフォンカジノを取り上げ、何を弾くというわけでもなくアルペジオのような物を弾きだした。どうでもいいけどコード進行がビートルズのレットイットビーと一緒だと気がついた。俺はロクヨンを片付けながら柚木の話の続きを待ったが、いっこうに話し出さないので聞き返した。
「……何がなるほどなんだよ。」
「んー? 鷲、怒った原因がわかんないんだよねー?」
「あ、うん。……もしかしてわかったのか?」
「なんとなくね。予想だけど。」
 柚木はギターを爪弾く手を止めた。俺も黙って聞いていたので部屋の中が妙にしんと静まった。車が通りすぎる音とか、人の群れが動く音とか、そういう音が窓の外からよく聞こえてきた。柚木は少し困ったような顔で続けた。
「あのさ、今から、ありえねえ、ていうの禁止ね。」
「言ったら?」
「エロ本一冊没収。」
「嫌だと言ったら?」
「じゃあ教えてあげない。」
「んー、わかった。じゃあ、我慢する、よ。」
 すげえ自信ないけど。ってか柚木に指摘されたから隠し場所をさらに複雑なところにしたというのに、気づいたというのか……凜の話とは違う理由でヒヤヒヤしてきた。
「あのねぇ、凜ちゃんは、焦ってるんだと思うんだ。」
「なんで?」
「私と鷲が一緒にいるのを見たから。」
「は? ……どういう意味だよ?」
「つまりよ。凜ちゃんは、鷲の事が好きなんじゃない?」
 …………。
「ありえね、ぇ、ああ、言っちゃったああああああああああああああああああ!」
「っしゃああああ私大勝利いいいいいいいい!」
 柚木は嬉々としておれの部屋のクローゼットを空け、上についてる棚のさらに奥の方から俺の全財産とも言うべき高校生の夢の結晶を引っ張り出した。マジで隠し場所ばれてた! ええええええええ、あいつ、いつの間に!
「ああ! それだけは! ってか、一冊だけじゃ!」
「前からこんな不健全な物部屋の中に置いちゃダメだと思ってたんだよね。」
「貴様! 俺がそれをレジに持って行くのにどれだけ冷や汗を流したと思ってるんだ!」
 柚木はそのエ……・男子高校生の夢と妄想の結晶に、その辺に置いてあったお茶を惜しげもなくぶっかけた。
「ああああああああqあwせdrftgyふじこlp;@:!!!!!!」
 我ながら最悪の声が出た。目の前でぐしょぐしょになっていく。ってか、冷静になって考えたんだが、絶賛片思い中の幼馴染みにエ……男子高校生の夢と希望をぶんどられてる俺ってどうよ。最悪の絵面じゃね? 俺は地面に突っ伏して、丁度OTLって感じのポーズになった。
「……お前には慈悲の心がないのか。」
「これは家族の方々には見つからないように処分してあげる。それが私の精一杯の慈悲。」
「悪魔! 鬼! お前は人間の面の皮を被った悪魔王ルシファー!」
「おちつけ、鷲。全体的に意味わかんないこといってるよ。」
 柚木はその辺にあったスーパーの袋に濡れたそれを放り込むと、固く口を縛った。グッバイ、俺の親友、むしろパトラッシュ。さよならパトラッシュ。俺ももう眠りたいよ。
「そもそもね、鷲はもっと私が部屋に来るということを気遣うべきだと思うんだ。見られて嫌なら部屋に持ち込まなければ良いんだよ。」
「いや、そもそもお前がこの部屋を自分の部屋同然にしてることが間違っている。」
 この調子だと引き出しとか全部みられてそうだぞ。今は亡き夢と希望の結晶以外は見られて困る物なんて特にないから良いんだけど。まるでツボや箪笥から物を盗みまくるRPGの主人公並だ。そういえばこの前思ったんだけど、某RPGって中世ヨーロッパ風の世界観なのに、箪笥があるってどういう事なんだよ。……ダメだ。ショックで頭がボーッとして上手くまわらない。
「……そもそもなんでお前は俺の超プライベート部分を気にするんだ。どんな男だってその、そういう興味があるんだぞ。無い奴はゲイか病気だ。」
「そりゃそうだけど……でもさ、鷲が私以外の……やっぱなんでもない。」
「は? お前以外の?」
「なんでもない! それより! 凜ちゃんだよ! 凜ちゃんはたぶん鷲のこと好きなんだよ。」
「ありえねえ。」
 今度はきちんと断言した。そうだ。そもそもそういう話だったな。高校生の夢と希望が目の前でグシャグシャになったのを見て混乱してちょっと忘れかけてた。そりゃしょうがないよね、と思って欲しい。
「でも論理的に考えてみなよ。それしか理由が無いと思わない? 前後の発言もそれで全部説明がいくんじゃない?」
「説明はいくけど……なんせ前後の発言が少ないからな。論理もへったくれもねぇよ。」
 柚木はそういって少しうつむいて何かを考え始めた。文脈を判断して心情を推測するなんて現代文の問題だけでこりごりだ。あ、でもこういう時役に立つ訳か。現代文って何の意味があるんだろうと思ってたけど実は凄く役に立つんじゃ……と俺が関係の無いことを考えていると、柚木が話を続けた。
「あの時、あの、夏祭りの時だけど、凜ちゃん、ちょっとおかしかったじゃない。ちょっとハイテンションって言うか、何て言うか。」
「いつもあんな感じだよ。」
「違う、そういうのじゃない。わかるもん、私。」
 柚木は真剣な目で俺を睨んだ。俺はあの時の凜を思い出してみたが……リア充爆発コールばっかやってたな。極めていつも通りじゃねえか。
「あのなぁ。俺の方がすっと見てるんだぞ、あいつのこと。」
「でもいつも見てるのに怒った理由わかんないんでしょ?」
「そうだけど……でも、好きだってのはお前の邪推だよ。まず、第一に、俺が好きになる理由がねえよ。」
 あの一ノ瀬凜に限って俺が好きだなんてあるはずがない。初めてあった時に、バンドに入ってくれた興奮のあまり抱きしめちゃったし……今思い出しても豆腐の角にでも頭を激突させて死にたくなる。あの時絶対嫌われたと思った。あんまり気にしてないみたいだったから良かった。……凜が変人臭の所持者で良かったよ。
「それは違うと思う!」
 柚木が突然大声を上げた。今まで聞いたことの無いような語気の荒げ方だったので、ビックリして反応が遅れてしまった。
「……へっ?」
「だって、鷲がバンドに入れた事で、クラス内で浮いてたあの子を実質助けたんでしょ? それに、今までずっと、ずっとひとりぼっちで、それで初めてのバンドだったんでしょ? 絶対鷲に感謝してるよ! それにベースが上手くてかっこよくて良い匂いで優しくって……好きにならない理由なんて無いじゃない!」
「ちょっ、おま、そんな事思ってたのか?」
 無意識に顔が熱くなる。目の前で片思いの相手にそんなベタ褒めされたら俺でも恥ずかしい。今すぐ家にお持ち帰りしたくなる!……ってかここ俺の家か。
「っ、ち、違う! その、えー、客観的に見てだよ、客観的に!」
「そんな勢いつけて否定しなくても……。」
 柚木は焦ったような声で押し切った。いずれにせよ、俺も混乱していていまいちはっきりと思考していなかった。……凜は、俺のことが、好き? んなわけあるか。
「いや、それでも、普通好きな男の前で下ネタとか使うか?」
「それは、まぁ……使わないんじゃないかな。でも、あの子普通の子じゃないよね?」
「うん、まぁ、ねぇ。でもなぁ、違うと思うんだよ。」
「……でも、まぁ、仮に好きだったとしても、鷲がそれを自覚しちゃダメか。自惚れになっちゃうもんね。」
 柚木は少し皮肉っぽく笑った。ふと時計を見ると八時を過ぎていた。気づかないうちに時計の針が早くなったみたいだと思った。
「……風呂入ってくる。お前もさっさと帰れよ。」
「はいはい。」
 柚木はさっさと行けと言わんばかりに手をひらひらと振った。俺は急いで着替えのパンツを掴んで廊下に出た。部屋の中と外に奇妙な温度差を感じた。



 できるだけ何も考えずに階段を下りて風呂場に入り、出来るだけ何も考えずに服を脱いで湯船に自分の体を沈めた。お湯の中に息を入れ、出来るだけ何も考えずにぶくぶくした。ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく……。

 ――凜は、俺のことが、好き?

 柚木に言われたことを思い出してまた顔が熱くなった。いや、違うと思うよ? 違うと思うんだけど、もしそうだとしたら……リア充か。リア充か俺! 俺ってリア充だったのか! 俺の脳内で俺が派手な音を立てながら大爆発した。ニトログリセリン、万歳! 顔にお湯をぶつけて冷静になろうとしたが、跳ね上がった湯が俺の頭のてっぺんから落ちてきて髪の毛ごとぐしょ濡れになった。……はぁ。ここ最近で最も深い溜息が出てしまった。だめだな、俺。
 また泡を出しながら考えてみた。もし……もしもだよ? 凜が俺のことを好きだとして、柚木と俺が一緒にいるのを見て、こう、嫉妬的なアレを感じて怒り出したんだとしたら、この状況を解決してもう一度仲良くバンドになるためには、どうすればいいんだ。えー、うー、あー……凜を恋愛的な目線で、つまり、女の子として見たことがなかったので、そんな話されても凄く困る。この話は真偽がわかるまで保留保留。
 いや、でもまだ好きだって決まった訳じゃないし、それに実際凜にプレッシャーをかけすぎてたってのはある。これはバンドとして反省すべきところだし、俺がダニーのベースボーカルを頑張り続けるのには変わりは無い。うん、現状維持。でも、凜とどっかのタイミングで話し合わなきゃダメだよな。……そうか、ダニーが完成したタイミングであいつと話せる。その時に、あいつの話をゆっくり聞こう。逃げそうになったら力尽くで押さえてでも何考えてるか吐かせよう。それがいい。そうすればまた元に戻れる。
 そう考えてから、ふと気がついた。



 柚木、俺が自分のこと好きだってわかってて、ああ言ったんだよな。
 柚木は俺のことどう思ってるんだ?



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