Episode04:残り物には福があったり無かったり




 凜と出会った次の日。
 昼休みになって、俺は凜を探しに他の教室を見て回った。一組の教室を覗くと…・・ビンゴ。いた。教室の一番隅の席で何処を見てるのかわからない感じで座って弁当の黒豆をつついている。おいしそうだな……誰がなんと言おうと俺は黒豆が好きだ。少数派だと思うけどね。
「凜!」
 近づきながら声をかけた。クラスにいる人々が驚いた顔をしてこちらを見ている。凜に話しかける人がいる、と言うことがめずらしい、って感じの反応だ。ってかこいつクラスで浮いてるってホントだったんだ。昨日早口で言ってたけど。
「凜!」
 目の前まで言って声をかけたが返事がない。ただのしかばねのよう…ではない。ってかむしろ恍惚したような表情を浮かべている……目がいってるぞ、おい。
「……お前わざと無視してんのか?」
 凜の目がこちらへ向いた。俺と目があった瞬間、箸に挟んでいた黒豆が落ちた。それと同時に凜の顔がどんどん赤くなっていく。何考えてたんだこいつ?
「ふぇっ!? ……あ、あれ?! しゅーくん?」
「もったいないぞ。おい。」
 机の上に落ちた黒豆に3秒ルールを適用し拾って口の中に入れた。甘い。美味い。
「むー……白昼夢じゃなかったんだ……」
「は?」
「いや、こっちの話」
 隣の空席の椅子を引っ張ってきて腰掛けた。よっこいしょ。手に持ってた弁当箱を凜の机の上に置く。不法占拠である。
「ここで飯食って良い?」
「むー……」
「だめか?」
「いやぁ……いいんだけどね、恥ずかしくないの?」
「なんで?」
「だって私浮いてるじゃん。みんなにしゅーくんもアレな人だって思われちゃうよ?」
 ……お前はいったいこのクラスで何をしたというのだ。
「全く問題ないぞ」
「なんで?」
「俺もクラスで浮いてるからな!」
 シャキーン!
「むー……それ全然解決策になってない」
「……確かに」
 俺が周囲を見ると確かに一組の皆々様は、特に女子を中心に、「驚愕」って感じで俺たちを眺めていた。なんか申し訳なくなったので心の中で「ごめんね!」と謝っておいた。はぁ、もう三年目か……あれトラウマなんだよね。俺は弁当箱を開けた。昨日の残り物たちが雁首そろえて登場した。やぁ、昨夜ぶり。新参者の卵焼きが居心地悪そうにしている。大丈夫、すぐ食べてやるから。
「それでさ、今日の放課後空いてる? ドラムの奴と、昨日の場所で、顔合わせしたいんだけど」
「いいけど、あの練習室(仮)で?」
「あ、うん。あいつのドラムどんなもんか聞きたいだろ?」
「わかった」
 凜はブロッコリーを頬張りながらうなずいた。ちなみに俺はお弁当のブロッコリーがあんまり好きではない。たっぷりのお湯でゆでた、ゆでたてのブロッコリーが美味いのであって、お弁当の冷めた奴は外道だ。おっと、閑話休題。
「そのドラマーには私のこと言ったの?」
「あ、そっか…まだ言ってなかったな」
「私だって聞いたらいやがらないかな?」
「大丈夫だと思うよ?そいつも友達いない残念な奴だし」
「むー……だからそれ何の解決策にもなってないよ?」
「じゃあ、今聞いてみる?」
「え?」
 俺は携帯を取り出して哲平にコールした。
「もしもし?」
『なぜお前は校内で電話を使う?』
「細かいことは気にするな。俺が電話代持ってるんだからな」
『それで何の用だ?』
「ギター確保した。一年一組一番一ノ瀬凜」
「……なんかその言い方だと私逮捕されたみたいじゃん。」
 若干不満そうに凜が挟んでくる。まぁ俺の気分的には逮捕したのと同じだ。その場の気分って大事だよね。そうでもないか。
『マジで? 一ばっかじゃん』
「あ、ほんとだ。ハハ。それで今日放課後顔合わせするんだけどさ。旧館の一階の一番奥の一番見つかりにくい部屋に行っといてくれ。ドラムあるから叩いといて?」
『は?え?話が急すぎておじさんついてけない!』
「切るよ? じゃな」
『おい! ちょま!』
 ツーツーツー
 心配そうな顔をしている凜の方を向く。
「オッケーだ。そもそもお前のこと知らないみたいだったぞ?」
「大丈夫かなぁ……」
「まぁ何とかなるさ。ははは」
「むー。なんでしゅーくんはそんなに行動力があってポジティブなのに浮いてるの?」
「そう見える?」
「うん」
 確かに。言われてみれば中学の時の俺ならこんなことは無かっただろう。一〇〇%陰気!もう逃げ切るしかないさ!って感じだったのに。言われてみればなんでだろうなぁ。やっぱ柚木のためだから何だろうな。好きな女のために是が非でもバンドを作らないといけないんだ、……なんて凜にストレートに言えない、ってかリア充過ぎる。爆発しろ。
「俺だって誰かと音楽やりたいからな。一人よりも、二人のほうが、二人よりも三人のほうがいいんだよ」
「ふーん。そっかぁ……」
 ふと見ると俺の弁当の卵焼きがない。
「お前卵焼き食ったろ?」
「タベテナイヨ、ウフフ」
 流行ってんのかそれ? その後は壮絶なおかずの奪い合いになった。一ノ瀬家の卵焼きは甘かった。



 放課後、俺はちまちまと教室の掃除に勤しんでいた。俺は哲平のような偏向性癖を持つ人間ではないので掃除なんて非常に面倒くさいと思いながらも、俺は善良な一般(略)なので、きちんと箒で床を掃くことに励んでいるぞみんな俺を見習え!……なんちって。
 そこへ凜が目立たないようにと心がけている気持ちが丸見えって感じで俺の教室へ入って来た。でも実際でかいギターケースのせいでばっちり目立っている。新手の『頭隠して尻隠さず』だな。……大嶋さんとかガン見してるぞ。
「しゅーくん。」
 ひそひそ声でこそこそと話しかけてきた。もう目立ってるから意味ないぞ、おい。
「なんでそんなコソコソヒソヒソしてるんだよ」
「いや、なんとなく、刑務所から逃げ出す女スパイを心の中で気取ってて……」
「……もう少しわかりやすい理由をつけろよ」
「掃除まだ終わらないの?」
 普通の声に戻った。要は理由がなかったんだな。わかったわかった。
「もう終わる。先行ってて」
「でも……知らないし、そのドラムの人のこと。知らない人と二人って気まずくない?」
「ああ、確かに、気まずい」
 特にあんなテキ屋みたいな奴と二人ってな。何の罰ゲームだよって感じだよな。
「桂木くん」
「……はい?」
「その子誰?」
 大嶋さんがなぜか不機嫌そうな顔で話しかけてきた。しまった、掃除サボってるように見えたんだ。アピールのために箒を必要以上に動かしながら掃いてみたが、これでは逆に埃をまき散らしてしまっているじゃないか。凜が咳をしている。ごめん。
「掃除やります!すいません!」
「ああ、頑張ってね、ゥフフ……じゃなくて、誰?」
 なんだ掃除サボってるから怒ってるんじゃないんだ。よかった……じゃない。なんでキレてるんだこの人。意味わからん。反抗期か、おい。
「ああ、ウチのバンドのギターになる予定の……」
「一年一組一番一ノ瀬凜です!一がいっぱいです!よろしく!」
「よろしく。ゥフフ。」
 あの時ツッキーをどついた時の目だ。目が笑ってないよ大嶋さん。やっぱり一ノ瀬凜の悪名はこのクラスの女子まで波及しているのだろうか。そういえば中学の時の吹奏楽部の女子の間のネットワークも凄かった……特に誰かをいじめるときの連携と言ったら。ネット社会恐るべし。ちょっと意味違うか。
「あの…なんか怒ってる?」
「え、なんも怒ってないよ? ゥフフ。」
「しゅーくんしゅーくん」
「何だよこのタイミングで!」
「この人って、誰?」
……ダメだこいつ。早く空気の読み方を教育しないと。このままじゃあいつまでたっても下ネタ女のままだ。俺は大嶋さんをこれ以上怒らせないよう、言葉を選びながら紹介した。
「大嶋さん。俺がこの学校に入学して初めて会話した人物にして最初の友達で……俺のバンドメンバー探しにも協力してくれた優しい人だ」
「オー、イッツメモリアル☆」
なぜ英語になるんだよ。ふと大嶋さんを見ると毒気を抜かれたように真顔で黙っていた。この人もたまに訳わからんよな。俺の周囲の人間はどうしてこうアレなのか。え? 類は友を呼ぶ? うっせえ俺は善良な(以下略)
「あれっ? ……もしかして解散したバンドの?」
 しまった! ボーっとしてたら今度は大嶋さんが爆発した。なんか俺両手に爆弾抱えてるみたいじゃないか?
「しっ……それ禁句!」
「聞こえて、る、よぅ?」
「何だよそのイントネーション?」
今度は凜が機嫌悪くなった。これはまずい、喧嘩になりかねない。逃げるしかないぞ、おい。俺は教室の隅で待機中のベースとマイバッグをひっつかんで、凜の背中を押しながら教室から逃げ出した。
「ジャァ、オレタチヨウジガアルカラ!」
「あ、桂木くん! 掃除は?! あとその声どうやって出してんの?!」
「モウオワリカケダシツクエジュウキュウコモハコンダシー!」
凜の左手をひっつかんで訳がわからないまま裏声で叫んでダッシュした。凜の手は細くて柔らかいのに指先が異様に固かった。やっぱギタリストだな。階段を駆け下りるときに俺がギュッと手を握ると、凜はギュッと握り返してきた。階段の下まで来たとき俺は手を離して、少し上がった息を整えた。
「……ふぅ」
「何で逃げたの?」
「お前らが空気を読むという日常生活において非常に重要な行為を無視するからだろうが!」
「セリフ長い時は読点いれなよ」
「うるせー!」
 メタ発言は読者に嫌われるんだぞ! 俺は結構好きなんだけどな! ってか何を言ってるんだ俺は! ……しかし凜は明らかに暗くなっている。大嶋さんェ……いらないこと言いやがって。やっぱまだ気にしてるんだろう。
「そっかぁ……私のバンドが解散したのって有名になってたんだね」
「……そうだな」
 俺だって凜に直接会う前から知ってたしな。凜が原因だってことも。でもこれは口に出しては言えない。それが空気を読む……もとい、気持ちを考えてあげることなんだと思う。多分。
「しゅーくんは今までにバンド組んでたことある?」
「中学の時に。幼馴染みと、友達と」
「ふーん……私は初めてだったんだ。ずーっと、ずーっと、一人で練習してたから」
 一人。この言葉が俺に突き刺さった。俺だって孤独の怖さがわかる。柚木がいなかったらバンドもやってなかったし、仲間にも出会えなかった……だから、柚木がいない今、こいつと同じように孤独に怯えている。強がってるんだよなぁ。多分。
 なんか、なんか凜に声かけてやんねえと。焦って俺はよくわからんことを言った。
「俺がいる」
「は?」
「俺も、哲平もいる。新しいバンドがある。お前を、お前のギターを一人にはしない」
「しゅーくん」
「何?」
「くさい」
「うるせー! せっかく俺が励まそうと思って恥ずかしいセリフ言ったのに! 人の羞恥心を何だと思ってやがるんだお前は!」
「ハハ、もう行こう。ドラムの人待ってるんでしょ?」
 凜は笑って旧館の方へと足を向けた。機嫌は直ったみたいだ。でもなんか釈然としないな、おい。まぁいっか。窓の外をのぞくと、今日は良い天気だった。五月晴れってやつかな。



 旧館の一階に足を踏み入れると、遠雷のようにドラムの音が聞こえてきた。この音は、間違いなく哲平のドラムだ。何だろこの曲……。
「しゅーくん、何の曲だと思う?」
 凜も同じことを考えてたみたいだ。
「わかんねえ。でもメタルっぽいよな」
「ドラゴンフォースだと思わない?」
「ドラゴンフォースってあんまりよく聞かんからわからないけど」
 まぁ2、3曲なら聞いたことあるか。
「私もメタルってあんまり聞かないけど……練習曲代わりに弾いたことあるから2曲ぐらいなら弾けるよ」
「お前……ドラゴンフォースが練習曲って……」
 あんな速い曲……頭がおかしいとしか思えない。
「でもリストの鬼火とかマゼッパだって練習曲じゃん」
「『超絶技巧』練習曲な。あれは練習曲とは言わない」
 リストの曲を聴く度にいつも思うのだが、リストは手がでかかったに違いない。これだから天才って奴は。俺たち凡人のことなんか一ミリも考えてないんだろうな。
「しゅーくんってクラシックも聴くの?」
「まぁね。母親がクラシックオタクなんだ。そして父親は自分の店の居酒屋でロックを流すほどのロック狂。そして自分の近くに必ずスピーカーがある環境で育った俺は雑食。
「居酒屋ロックってなんか新しいよね」
「死んだじーさんから受け継いだ居酒屋なんだけど……お陰様でコアな客しか来ないけどね」
 そういいながら俺は練習室(仮)のドアを開いた。押し込められていた部屋の熱気が解放され、ドア越しだったドラムの音圧が俺に突き刺さる。俺の姿を見て、哲平はドラムを叩く手を止め、こちらを睨んだ。
「遅かったじゃないか」
「教室の掃除」
 哲平は待ちくたびれた、と言う顔で俺を見ながら両手のスティックをくるくると回した。さて、哲平が「見ている」というのは哲平になれている俺視点の解釈であって、顔面凶器のこの男が誰かを見る時は「睨んでいる」ようにしか見えないのである。つまり初見の人がこの男の顔を見れば、必ずその手の人に見えるわけで……
「しゅーくん! や○ざ! や○ざがいる! や○ざ! 893! 893!」
「耳元で連呼するなよ!」
 凜は俺の後ろに隠れてしまった。……痛い痛い首が絞まる服を引っ張るな。哲平はばつが悪そうな顔をして(るのか?)、凜に話しかけた。
「初対面の人間に向かってヤ○ザとはなんだ」
「だって…ねぇ……もう本職の人としか……」
「本職だぞ?こいつ」
「……マジで?」
「こら、鷲、てめえ、適当なこと言うな!」
 本気で殴られそうだったのでとりあえず正しく紹介することにした。初対面の二人を無理矢理邂逅させた俺が互いの紹介をするべきだろう。漢字多いわ。
「凜、こいつは阪上哲平。趣味は掃除と洗濯と料理と園芸。見た目以外は極めて無害だ」
「掃除と料理?なんか凄いギャップだよね」
「……なんだよギャップって」
 哲平がぼそっと言い返す。ちょっと待て、今の説明完璧だったぞ?
「哲平。こいつは一ノ瀬凜。趣味は下ネタと下ネタと下ネタ。見た目以外は極めて有害だ」
「下ネタっ…?!」
「むー!」
 いや、今のも完璧だろ。何ら間違いを含んでいないぞ?
「あ、ついでに、俺は、か、桂木鷲。趣味は読書と音楽鑑賞。見た目も中身もダメ人間」
「鷲が言うと嫌みに聞こえるのは何でだろうな」
「しゅーくん、爆発しろ」
「待て、何だその扱いは、俺こそなんの取り柄も個性もない……あー、まぁ、紆余曲折あると思うけど、今日からこの三人でバンドやってくから。ナカヨクシヨウネ!」
 無理矢理つないだ。なんか新たな争いの種をばらまいた上に土をかけて水をやったような気分だけど。まぁ何とかなりそうだ。多分。多分?
「ってか、鷲、スリーピースでやるつもりなのか?」
「あ、うん。そのつもり」
「えー、私4人が良かったな。幅も広がるし」
 凜が不満そうな顔をしてこちらを見る。よし、思った通りだ。
「まあ、でもな、」
 こういわれるだろうと思って昨日の晩言い返し方を必死に考えておいたのだ。5分だけ。
「実際凜も哲平も演奏能力高いし、俺がついて行けるんだったら3人で十分だと思うんだよね。特に凜は結構難しい曲でもリード弾きながら歌えるみたいだし、音の空白は俺がベースラインをうねらせて埋めれば何とかなりそうだし」
「むー、そんなうまくいくかな」
「……俺もスクールにいた頃はスリーピースで2回くらい組んで4人用の曲を3人でやったことあるけど、ごまかしがきかないし音を埋めにくくて難しい分、曲のできあがりはきれいなんだよな。無駄が無くて」
 哲平がプッシュしてくれた。ありがたい。実はもう一人ギターを集めるのが無理じゃないかという考えが背景にあったり無かったりするのだが……これは内緒だ。
「……じゃあ!」
 突然凜が大声を出した。俺と哲平が驚いて見ていると、凜は自分のギターケースからストラトを引っ張り出して言った。
「とりあえず、なんか1曲やってみよ。そしたら見えるんじゃない? どうなるか」



「で、何をやるんだよ。三人ともできる曲なんてあるか?」
「なんかないかな……。オアシスとかは? 有名でしょ?」
「スマン、1曲もやったことない」
「むー、じゃ、レッチリとか」
「ハイアーグラウンドとかならやったことあるぞ?」
 俺が自分のベースをチューニングしていると、哲平が凜に話しかけている。二人とも人見知りするタイプだから馴染みにくいかと思ったけど……どうやらその心配は無かったようだ。多分お互いの「変人臭」を嗅ぎとったんじゃないだろうか。俺も二人の相談に加わった。
「……いや、ハイアーグラウンドは俺がやったことないし。最初のとこしかできない」
「しゅーくんのアホ。フニャチン!」
「そこまで言わんでも……じゃ、じゃあ、ストーンコールドブッシュは?」
 やっぱこいつレッチリ好きなんだな。俺も結構好きだけど。だが今度は哲平が申し訳なさそうに手を挙げた。
「スマン、俺が知らない。ってか誰か音源貸して」
「えー……『母乳』だったっけ? 今度貸すよ。ってかレッチリにこだわらなくてもよくね?」
「むー。じゃあしゅーくんは何が良いの?」
「そうだな、初めて三人でやる曲だし、象徴的なのがいいよなぁ……えーと……」
 哲平と凜が俺の顔を覗き込んでくる。えーと、うーん。俺がやったことある曲で、かつこの三人に合いそうな曲……………………。あっ、そうだ。コレだ。
「グリーンデイの『マイノリティ』は?」
「おー。いいんじゃない? 良い曲だよね」
「それなら俺も中学の時やったことある。すげえ有名だしな」
「ボーカルは……俺も歌えるけど……凜歌える?」
「任せときなッ!」
 無意味に男前な返事だなぁ。ってか最後に「ッ」をつけるとジョジョっぽいよねッ。この曲を一番最近に聞いたのは……柚木とイントロクイズしてたときだッ!
 哲平はドラムセットのいすに座りなおし、凜はアンプをいじってマイクの音を調節している。俺はスイッチをパラからシリーズに切り替えて、イコライザーをいじりながら音を確かめた……少しザラザラした感じの音、これでいいかな。
「私のソロからだよね。リズムどれくらいだっけ?」
「これぐらいかな」
 哲平がスティックでカンカンカンカンと叩いた。凜は小さくうなずいた後、弾き始めた。有名なフレーズ。俺は目を閉じて哲平のリムショットと同時に指を動かし始めた。
 ――それと同時に、そこで、その小さな部屋で、大きな何かが起きた。
 凜の歌声が鋭くアンプから響き渡る。哲平の音がそれを押し上げるようにしてリズムを刻んでいく。俺は哲平のバスドラに寄り添うように、凜の歌声を押し上げるように、ビートを刻んでいく。三人の音が織りなすように重なり合って、波のようにグルーヴを作り上げていく。

 お決まりから飛び出せよ
 群れから飛び出した羊のように
 拍子外れに行進しろ
 自分のリズムに合わせて
 自分の知っている唯一の道を

 凜はパワーを全面に押し出したような音、俺は骨に響くようなざらついた音、哲平は正確さを重視した計算尽くの音。三人とも全然違う性質の音なのに、三人の音が同時にうねり、同時に大きくなり、同時にはじける。誰も口に出していった訳でもないし、紙に書いたわけでもない。ただ三人が偶然そんな音を出して、偶然音が重なっただけ。でもその「偶然」が三人にとって特別なものなるんだと思う。そんな気がした。
 凜が歌声を徐々に大きくするのに引っ張られるように最後のサビに突っ込む。凜はギターの能力も桁違いなのに、歌も上手い。神様って不公平だよなぁ。……最後にドラムとベースの音が途切れ、最後のギターが歌うように最初のメロディを奏でて、曲が終わった――。



「いいね、この曲」
 最後の音を弾き終わってすぐ凜が言った。セリフ早いよ。もっと余韻に浸らせてくれよ。俺も空気をつぶさないように続けて話すことにした。
「……なんかさ、三人とも全員教室では残念な奴だろ。だから、少数派であることの何が悪い、って立場だし、この曲かなって思ったんだ」
「むー……否定できない!不思議!」
「なるほど、確かにぴったしと言えばぴったしだな」
 凜と哲平が首肯する。ってか柚木とイントロクイズしてなかったらこの曲のこと思いつか無かったと思う。ほら、たまには学校をサボることも大事だってわかったかいそこの教育関係者の諸君!……わからんか。
「『少数派になりたい』か、私もそんなことたまに思うけどね。みんなと一緒じゃダメだって」
「ハハハ……若いなぁ」
「……俺ら全員同い年じゃないか」
「いや、まぁそうだけどね。俺は、なんていうか、長いものに巻かれるタイプだからな」
 長いもの(主に幼馴染み)にね。
「あ、バンド」
 凜がなんか思い出したように拳を手のひらに打ち付けた。……普通そんな仕草しねえよ。あと漫画とかで、なんか思いついたときに電球のマークつけるのってアレ何でだろうな。世の中は不思議だらけだ。
「バンド組むならリーダー決めとかなきゃならないんだよ、、まぁしゅーくんだろうけどね」
 は?
「まぁ順当にいったらそうだろうな、三人集めたのも鷲だし」
 いやいやいやいやいやいや。
「ちょっと待て。俺はリーダーとかそんなんいらないと思うぜ?」
「形式だけでもきめとかなきゃなんだよ? 連絡とかは部長からリーダーに回されるらしいから」
「よく知ってるなぁ。流石一度バンド作っただけあるなぁ」
「…………。」
「哲平!」
 アホかお前は!ほらまたショボーンってなってるじゃん。……あれ?、さっきより回復が早い。打たれ強くなったのかな。ここで凜が反撃を試みた。
「……てっちゃんのアホめ」
「なんだよてっちゃんて」
 なぜそこでお前は頬を赤らめる。気持ち悪い。頬を赤らめたヤクザ面の男は想像以上に気持ち悪い。みんなも身の回りのそんな顔の人を使って試してみると良い。ってかそんな人ざらにいないか。
「むー……呼びやすさ重視的な」
「やめろよ気持ち悪い!」
「ふふふ……てっちゃん!っておいしいよね」
「ホルモンかよ!」
 何であの部分のこと「てっちゃん」って言うんだろうか。今度ググっとこう。
「まぁ、じゃあ、仕方ないし、形式だけ俺がリーダーってことで。でもなんか、こう、リーダーシップ的なことはしないよ?……俺そんなん無理だし」
「まぁ仲良くやればいいんじゃね?」
「同意! ……あ、それと、バンドの名前も決めとかなきゃダメなんだ。それでメンバーとリーダーとバンド名を顧問の先生に言って、登録完了!」
 なんかPCサイトの登録みたいだな。
「バンド名か、考えるときちょっとわくわくするよな。鷲の中学の時のバンド名ってどんなのだったんだ?」
「えーと、なぁ……口で言いにくい」
「……下ネタ?」
「何でもお前の土俵に持ち込むな!」
「わたし、今考えた!『ブルーコールドシュガーシナモンズ』!」
「略すときどうするんだそれ、ブッシュガ?」
「いや、哲平、突っ込むとこそこじゃないだろ。ってかパクリはよくない、却下却下」
「パクリじゃなくてインスパ……むぐっ」
「アホか。」
 そのセリフ聞き飽きたわ。凜は口をふさいでいる俺の手を無理矢理引っぱがして言った。
「じゃあ『ミニマムザホルモン』ってのは?」
「お前俺の話無視か!ってかコピーする気満々じゃねえか!」
「ビキニスポーツポンチン! ビキニスポーツポンチン!」
 それは女の子が鼻歌で歌って良い曲じゃないだろ。常識的に考えて。
「そういえば俺がスクールにいた時のバンドはなぜか四字熟語がおおかったなぁ。『風林火山』とか『拙速巧遅』とか『八門遁甲』とか」
「……そしてなぜ兵法書由来のものばっかなんだ」
「鷲は?なんか意見無いの?」
「そうだよ、しゅーくん、文句ばっか言ってないで考えてよ!」
「お前だってそもそも真面目に考えてないだろ」
「てへっ!」
 てへっ!じゃねえよ。そして俺は実はコレも昨日の夜考えていだ。こっちは30分ぐらい悩んだ。スリーピースの理由よりは真剣に考えた。
「ってかめんどくさいし、リーダーだし鷲が決めたら?」
「えー。しゅーくんセンスなさそう。」
「お前とことん失礼だよな……。一応昨日一番ぴったしなのを考えてきたんだぞ?」
 なんか大事なことな気がしたから、息を吸って目を細めて大儀そうに見えるように自分の雰囲気を演出してみる。あ、今の俺、気持ち悪いかも。まぁいっか。
「『レフトオーバーズ』ってのは?」
「むー。何その当たり障り無い名前。……アイワナビーザマイノリティー!」
「そこで歌うなよその歌を……。」
「レフトオーバーズ……俺英語苦手だからよくわからんけど、その心は?」
 哲平が聞くと、凜も歌うのをやめてこちらを見た。俺は一呼吸置いて、口を開いた。
「レフトオーバーズ、意味は、『残り物』」
「なんか嫌な感じだね」
「黙って聞けよ」
「むー」
 哲平が凜をたしなめた。こいつ意外と良いお父さんになりそうだよな。
「理由は二つあるんだ。一つは、三人とも軽音部の残り物。バンドを組めなかった残念な三人。クラスでも浮いてるただのひねくれ者」
 哲平と凜が暗い顔をする。俺はそれを見て少し笑ってから続けた。
「でも、もう一つは、理由ってか、願掛けなんだ」
「どーいうこと?」
「『残り物には福がある』んじゃないかなって」



 まぁその後(他に良い案もなかったので)俺たちの名前は『レフトオーバーズ』に決定した。
 そして何はともあれ、バンドが完成した。
 俺は嬉しかった。
 入学からずっと苦労してきたことがやっと実を結んだのだから。



 でも、同時にこうも思った。
 俺の「願掛け」は、どっかの誰かに届いて、叶ったりするのだろうか、って。




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