Epsode02:紫色の靄




「らーらららーらららーらーらー、らーらららーらららーらーらー」
「グリーンデイのマイノリティー」
「正解! ……じゃあ……らららーらららららららーらららー」
「サイモンアンドガーファンクルの……えー……なんだったっけ…ド忘れした……」
「水曜朝午前三時」
「ああ! ミスった!」
「はい鷲のまけー」
 水曜朝午前十時。全国の学生たちがこぞって学校に集い勉強にいそしんでいる時間帯である。朝起きると「ひまひまひまひー」と言う柚木からの意味不メールがきていたので、無視してやろうかと思ったが、結局俺は学校の方を無視して病院に見舞い、もといイントロクイズに来ていた。大事なことなので二回言おう。幼馴染み、万歳。
「鷲学校は?」
「お前が暇だって言うからサボってきた」
「おぬしも悪よのぉ……オダイカンサマコソー(裏声)」
「それ俺の台詞だろ……何で一人二役……」
「鷲は越後屋に搾取される役でしょ?」
「な、ん、で、だ、よ、!」
 俺はそういう残念な役がお似合いってか?否定できない!不思議!
 柚木は普通に話せるくらいにまでは回復していたが、まだ結構な頻度で体調を崩していた。少し顔がやせている。髪の毛も切れないようで、昔から変わってなかったセミロングが、だいぶ伸びてロングにあと少しで届きそうな感じになっていた。見慣れないので少しドキっとしてしまう。これはこれでかわ…いやなんでもない。
「なにそのいやらしい目…なんかエロいこと考えてない?」
「考えてねぇ……よ、バカ」
 なんて勘の良い奴なんだ。焦って変なところで口ごもっちゃったじゃねえか。われながら怪しさマックスである。
「油断も隙もありゃしない……私知ってるんだからね、鷲のベッドのマットレスが二重になってて、その間……」
「それ以上はやめろしばくぞコラ」
「私は2番目に新しい黒い表紙のが一番エロいと思……痛ぃ!」
 一応病人なのでデコピンにした。この女は勝手に俺の部屋に侵入して俺のえろほ……ゴホンゴホン「男子高校生の夢と欲望の結晶」を平然と読むのだ。一番油断も隙もないのは柚木だ。
「そーいえば……バンドはどうなったの?ドラム見つけた後は?」
「いや……それが……ギターとボーカルが……まだでして」
「なにやってんのー」
「ゴメン……いて」

 デコピンされた。あんまり力がこもってなかったのだが爪が刺さって痛かった。俺は反動で吹っ飛んだ演技をしながら壁にもたれかかった。病院の壁はなんだかひんやりしていて皮膚が痛かった。
「なんとかしねえと……とは思ってるけど……なぁ」
「でも私の知ってる鷲で言ったらたった二週間でドラム一人って快挙じゃない?」
「まぁ確かに」
「ホワイトスネイクとメイドインヘヴンぐらいちがうよね」
「確かに凄い違い……ってかそれは何人に通じるんだ。おい」
 Cムーンが忘れられがちだと思う。そしてこれも何人に伝わるのだろうか……。
「いいなぁ……鷲がどんどん遠くに行っちゃう気がするな……」
「はぁ?」
「なんでもないっ! 独り言……」
 柚木は顔をふくらませて、ぷいっと目をそらした。俺がどんどん遠くに……か。周りの友達がみんな高校へ行っていて、自分だけ通えなかったことを柚木は心のどっかで苦しんでるんだろうな。俺だって高校に入ってほんの少し、ほんの少しずつだけど、変わろうとしている。
 俺はずっと柚木の側にいれるのだろうか。うわぁ。なんか俺キモい。
「鷲、学校行ってきなよ」
「でもお前暇だろ? 大丈夫か?」
「こんなところで私を見てたって……」
 手で目隠しされた。何も見えない。
「……バンドメンバーなんて見つからないでしょ? 学校に行って、なんか始めてみないと、何も始まらない」
「……ああ。そうだな」
「……いってらっしゃい」
 心なしか柚木の声が哀しみを帯びている気がした。行きづらい。でも柚木の言うとおりだ。何か始めないと、何も始まらない。俺は柚木の手を払いのけて立ち上がった。
「……いってきます」



 学校に着いたら昼休みだった。けだるい空気が流れている。いわゆる五月病ってやつか。それとも新入生独特のフレッシュ感が薄れてきて、みんな高校生らしくなってきているのか。高校生ってなんかみんなだるそうな顔してるよね。え? 俺だけだって? それはゴメン。
 俺の席には先客がいた。大嶋さんと……誰だあれ。
「あ、ごめんね桂木君。席勝手に使ってて。ゥフフ」
 その笑い方なんとかならんのかな。ゥフフフフ。
「遅れてくる奴が悪いんじゃね~ギャハハ」
 反射的に「なんかチャラそうな女だなぁ。誰だよお前」と言いそうになった。だが俺は高校生で極めて大人っぽい人間なので、大人っぽい対応を心掛けてやろう。決してチャラそうな女が怖いとか言うわけでは無いぞ。決してな。
「……別に、いいよ。ハハハ」
 名前がわからないので心の中でスイーツ(笑)と命名した。スイーツ爆発しろ。だが心の中で命名したとこなのに大嶋さんが親切にも名前を紹介して下さる。
「この子はウチのバンドのギターのツッキー」
「よろしく……ってか個人情報もらすなって」
「あだ名ぐらいいいじゃん。ゥフフ」
「その笑い方どうにかならんの?」
 不覚ながらツッキーに激しく同意してしまった。ガッシ! ボカ! 俺は死んだ。スイーツ(笑)
「でも確かに顔は良いよねー、ユーコの言うとおりじゃん」
「こらっ!」
「何の話?」
「何でもないの…ゥフフフフフ」
 顔が良い? 何の話だ? いや、まさか俺のことではないだろ。ちょっと期待したけど。まったく文脈が読めない……こういうのを世間ではKYとか言うんだろうな。ちなみにユーコというのは大嶋さんの下の名前だ。つなげると大嶋ユーコ。48人とか言いながらそれ以上いるあの人たちとは全く関係ない。マジで。
「ところで!……バンドが一個つぶれたって聞いた?」
「なんか無理矢理話変わったねーギャハハ。チー子のとこでしょ?」
「つぶれた?まだ一ヶ月も経ってないのに?」
「そうそう。なんかリードギターの奴とチー子が喧嘩したらしくって。ギャハハ」
 ってかツッキー。お前も人の笑い方についてどうこう言えないだろ。汚ぇ。お前はやっぱスイーツ(笑)だよ。
「こういう言い方したら悪いけどチャンスだよ、桂木君」
「へ?」
「まだギター決まってないんでしょ?」
「あー……。でもな…女子はねぇ…」
「阪上君はオッケーだったじゃん」
「いやぁ…あれはある種の奇跡が起きたんだよ。ハハ」
 女の子にはやっぱり話しかけづらい。いや、哲平も十分無理っぽかったけど。あのときの奇跡をもう一回起こせば……まぁ女の子の時点でレベルが格段に上がってしまう。レベル上げ無しで中ボスのダンジョンに向かうようなものだ。そこでツッキーが入ってきた。
「でもー、リードギターの子ならいけそうじゃね?なんつーか、キミと同じ変人臭するしー」
「変人臭……? なにそれ? 加齢臭の仲間?」
「変人っぽい感じ?ギャハハ」
「ツッキー、口悪いよ」
「ああゴメンゴメン。ユーコの印象悪くしちゃうねギャハハ」
「……もう一回死んで良いよ。ゥフフ」
 大嶋さん。顔が真顔ですよ。全然笑ってない。超怖い。
 話を変えないと戦争が勃発しかねない。えーと…あ、そうだ。
「二人とも何処で練習したりしてるの?」
 大嶋さんの顔が普通に戻った。よかった。
「えーっと……安いスタジオが借りられるところがあるからそこ使ってる。学校の練習用の部屋は三個あるんだけど、先輩優先みたいな風潮があってね、なかなか借りられないのですよ」
「なるほど。じゃあ練習場所も問題の一つなのか」
「ってかこいつらのバンドができたら練習場所減るくね」
「ツッキー!」
 大嶋さんがツッキーをどついた。
 ってかツッキーほんと自分のことし考えて無いじゃないか。これだからスイーツ(笑)は。



 放課後。哲平のクラスへ行くと、ほうきを持ってせっせと床を掃くヤクザがいた。
「おまえ、ほうき似合わねえな」
「ほっとけ」
 哲平が掃除道具片手に俺を睨んできた。最初睨まれたときはほんとに腎臓の一つや二つを覚悟したが、今は特に何とも思わなかった。慣れって怖い。
「掃除早くおわらんの?」
「俺掃除好きなんだよ。なんかこう隅々まできれいになっていく征服感がさぁ」
「お前そういうキャラだったのか……」
「何でちょっとひいてんだよ」
「ヒイテナイヨ。ゥフフ」
「誰のマネだよそれ」
 ちなみにこの前の騒動で俺もこのクラスの皆さんになんだか避けられている気がします。俺も不良だと思われたのかな?……みなさん!俺は善良な一般市民ですよー!
 哲平のバンド加入が決まってから一週間ぐらい。最近の俺は哲平の家でセッションを繰り返していた。哲平の家には電子ドラムがある。ホンモノのドラムのようにはいかないが、練習するにはミュート機能もついてるので最適だ。
 練習し始めてから知ったのだが哲平は非常に上手い。リズム感がある。曲調に合わせてアップダウンを変幻自在に変えていくし、俺も安心して音を乗せていける。そして嬉しいことにこいつはツーバスが使いこなせる。中高校生では使えるやつって少ない、と柚木が言ってた。できる曲数が増えるので、これだけでも良いメンバーを見つけたといえる。
「それで、今日は練習できるの?」
「今日かぁ…今日はさぁ、妹の友達がくるから家に帰れないんだ」
「はぁ?なんで?」
 哲平がしかめ面をした。不思議なことにこいつはしかめ面が一番怖くない。
「いやぁ……理由はあんま言いたくないんだけど……」
「妹の友達って、家族にはあくまで友達だと紹介している彼氏とか?」
「いや、彼氏いない歴=年齢だから。ウチの妹」
「これからだろ。中学生なんだし」
「いや、むしろ彼氏ならいいんだ。同性の友達だからダメなんだよ……」
 ちなみにこいつの妹を一瞬だけ見たことがあるが、普通に素直そうな子で、特に怖い顔でもなかった。あれっ?怖い顔?もしかして……
「……もしかして、その妹の友達に怖がられるのか?」
「………………うん」
「ププッ!」
「笑うなよ!昨日の夜妹に『怖がるから六時まで帰ってくるな』って泣かれたんだぞ?仕方ないだろこんな顔なんだから!」
「ハハハハハハ腹痛っ、っハハハ!」
「この野郎!ぬぅ!」
 ガッシ!ボカ!俺は殴られた。スイーツ(笑)
「調子乗ってすいませんでした。……まぁ今日はオフでいいか。個人練ってことで」
「わかった……で、他のメンバーのあてはついたのか?」
「結構色んな人に聞いてみてるんだけどねぇ……」
「ほんとに?」
「……嘘だけど」
「何のマネだよそれ」
 ごめんなさい入間人間先生。あれ? 西尾先生なのか?……戯れ言だけど。
「いや、でも一年生のガールズバンドが一つ解散したってのは聞いた。そのバンドのギター狙ってみよっかなとは思ってる」
「お前女の子に話しかけられんの?」
「無理……って言ってられないんだよね。もう」
「ソレジャア、鷲クンガンバッテー!」
 この他力本願野郎め。
「ってかお前も情報収集くらいしろよ」
「無理だよ、今日同じクラスの軽音の奴に話しかけたら泣きながら逃げられたもん」
「それは……お気の毒に……」
 話しかけられた方も、哲平も。誰も幸せにならないとはこのことか。ハハハ。
 ってか、ほんとにもう後がないよな。もう一回頑張ってみないと。



 と、意気込んでみたものの。
 今は放課後だ。情報収集しようにも部活もしくは帰宅してしまって誰もいない。俺はバカか。
 何もすることがないので、ベースを背負ったまま校内をうろついて、軽音専用の練習場所とやらを確認しておこうと思って旧館の三階にいた。関係ないけど「さまよう」と「うろつく」って漢字一緒なんだな。でも「さまよう」の方が中二病っぽいのはなんでだろう。彷徨える魂へのレクイエム!的な。確かに彷徨ける魂のレクイエムなら何となく間抜けな感じがする。
 さて、この高校の校舎は一度建て替えられていて、三つあるうちの二つは新しいのだが、一つだけ建て替えられずに残っている。その校舎は「旧館」と呼ばれていて、半分くらいの教室が物置のようにされていて机や椅子が散乱している。
 そして、この前の部活説明会で場所だけ教えてもらったことだったのだが、その旧館の三階に軽音部の練習室がある。練習室といっても、三つの教室に備品の三台のドラムとアンプがいくつかセットしてあるだけの防音もへったくれもない環境で、要するに音がだだ漏れなのである。どうやら二年のバンドがやってるっぽいのだが……その音が何とも形容しがたい感じなのである……まぁ俺にも遠慮とか情けとかがあるから……うん。ご察し下さい。パンクって言っておきゃなんとかなるって。ならねえか。
 なぜかがっかりしたような気持ちで旧館の階段を下りた。待ち望んでたラノベの発売日だと思って本屋に行ったらまだ発売してなかった時の気持ちに近い。ちくしょう、アマゾンめ……二日早く売り出しやがって……。階段を下りていると昔の生徒の落書きが多く見える。……相合い傘って普通見えない所にかくもんじゃないのかよ。このリア充どもめ……爆発しろ。
 俺は階段を一階まで降り、出口に向かおうとした。携帯をポケットから取り出し、時刻を確認して……まだ4時半か……もう一回柚木の所へ行って来よっかなぁ。寂しがってないだろうかふへへ、とぼんやりときもいことを考えながら旧館の外に足を踏み出した瞬間だった。
 突然、背後からギターの音が聞こえてきた。
 さっきの下t……ゲフンゲフン、先輩のギターとは全然違う音だ。俺は雷に撃たれたように感じて立ち止まった。遠くから小さく聞こえてくる心地よく歪んだ音が耳から侵入して俺の全身を揺らした。なんつーか、うん、こう言うしかない。上手い。凄く上手い。ってかこの曲ジミヘンの「パープルヘイズ」じゃないか。ジミヘンのコピーとは……難易度的にも年代的にも高校生のレベルじゃないだろ。
 俺は旧館の中へと戻り、音の主を探した。どこだろ……どうやら一階の奥の部屋から聞こえてきているみたいだ。ドアの小窓から覗こうとしたがガラスが汚れていて誰が弾いているのか良く見えない。モザイクみたいだ。そう言えば日本の修正ありのAVは侘び寂びの精神だと思うんだが……いや、そんなことどうでもいいよ。何考えてんだ。俺はバカか。中に誰がいるのか。それが問題だ。
 思い切ってそっとドアを数センチ開けてみた。隔てるものが無くなったドアからギターの音圧が溢れ出し俺を襲った。中の人はギターに熱中していて気づかない。開いた隙間から中を覗き込んだ。



 中にいたのは女の子だった。
 黒く長めの髪をツインテールにしている。大きめの目は真剣にギターのフレットを見つめ、細く白い手は高速でピッキングを続けている。かわいい。正直にそう思った。ってか曲と見た目のギャップがすごいなぁ……マーカス・ミラーが帽子かぶってないくらい違和感ある……通じるかな、この例え。
 女の子がこっちを見た。ギターを弾く手が止まった。ヤバい。バレた。どうすればいいんだゴッド!
「だれ?」
 その子か俺に聞いてきた。声もかわいい……ってそういう話じゃない。
「通りすがりのベーシストです」
「あ、その言い方かっこいいな。今度私もパクっていい?」
「いいけど……君こそ誰?」
 その子は数秒考えて返してきた。
「通りすがりのギタリストです」
「通りすがってねぇじゃん。」
「じゃあ通りすがってないギタリストです」
「そういう問題じゃねえよ」
 ツッキーが言ってたことが頭の中で反響する。この女の子からは「変人臭」がする。俺からもしているというのは不本意なんだけど。ってかその解散したバンドのリードギターの子ってこの子じゃないかな。何となくだけど。
 少し余裕が出てきたので、落ち着いて周りを見渡してみた。どうやらいらない備品の倉庫として利用されてる部屋のようで、埃を被ったソファや埃を被った机、埃を被った本棚や、とにかく埃が散乱して……、
「ゴホッゴホッ……!」
「大丈夫?」
「こんな埃だらけだと楽器痛むぞ……掃除しよう」
「えーめんどい」
「おい立て」
「むー」
 なんか自然に粗忽な態度になってしまう。ダメだダメだ。バンドに誘う予定かもしれない女の子に失礼な態度とったら……。
「俺も手伝うから」
「仕方ないなぁ……もう、今回だけなんだからね!」
「何その反応」
「ツンデレ成分50%配合!」
「何の話だよ」



 直感が悟った。
 こいつはヤバい。




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