Epsode00:初めにと言うか何というか




 突然だが、楽器が演奏できる人は、最初どんなきっかけではじめるのだろうか。

 1.親に強制されて
 2.高校デビューで
 3.女にもてたくて
 4.中二病で
 5.レッチリに憧れて
 6.け○おん!で

  このような選択肢を見れば、「音楽をやりたいと思ったから」という非常に崇高で正当な理由で楽器を始めた人は怒るのかもしれない。だがそう言う真面目な方々には大変申し訳ないのだが、俺が中学生だったときにベースギターを始めたきっかけに最も近いのは選択肢で言う3番目の理由なのだ。
 「バンドやろうぜ!」という漫画みたいな呼びかけを聞いたのは、今から3年くらい前。せっかく中学生になったというのに、部活にも所属せず、人と会話するのは苦手だし、もちろん友達もいない、いわゆる根暗・キモ・オタクだった俺には似つかわしくないこの呼びかけをしたのは、幼馴染みの相川柚木だった。俺はこのとき柚木に淡い(というかしたたかな)恋心を抱いていたので、後のことを何も考えずうっかり受け入れてしまった。幼馴染み、万歳。
 そこからあれよあれよという間にベースを買わされ練習させられ吹奏楽の打楽器パートの所へ連れて行かされ練習させられ洋楽の楽譜握らされて初めてのライブに出させられちょっと学内で人気が出てとリア充中学ライフを送った。起こったことをつらつらと書き連ねただけだが何という使役形の連鎖。なんという主体性の喪失。そしてなんというリア充。
 でもまあ現実はそんなに言うほどリア充ではなかったと思う。柚木に完全に(暴力的な意味で)リードされた俺が(恐喝的な意味で)イヌのようにほいほいと(下心的な意味で)ついて行っていただけで、柚木以外に普通に話せる友達もいなかった。誰だって楽しい思い出だけ列挙すればリア充に見えるだけだ。多分。
 そして二人仲良く県立の進学高に合格し、高校に入ったらまた二人でバンドやろうぜ!キャッキャウフフ!とか言ってた矢先だった……柚木が倒れてしまったのは。



 というモノローグを頭の中で考えながら、病院のベッドで眠る柚木を目の前にして俺は苦虫を噛みつぶしまくっていた。何だこの展開。俺の人生で一番な幸せだった瞬間に最悪の事態が起きたのである。盛り上げといて一気に地面に叩きつけるというありがちな展開……今時の下らない小説でもそんな単純な展開じゃないぞ。
 柚木は元々病弱だった。小学校の時から、すぐ風邪を引くし、長時間の運動なんかには耐えられなかった。ただ体が弱いだけで先天的な心臓疾患を意味するとは俺も考えてはいなかったし、血相を変えた俺の母親から柚木が昨晩病院に運ばれたと聞いた時もそれがどういう意味なのかわからなかった。中学の時、ずっと柚木は調子が良かったようなのだ。そのつけが回ってきたのだろうか。
 夕方の茜色の光が窓のブラインドを通してこそこそと部屋に侵入している。「勝手に入ってくるなんて家宅侵入罪だぞボケ」とかアホな考えが頭の中を巡っていた。混乱した頭を整理しようと目を閉じると、なぜか柚木がギターを弾き語りしている姿を思い出した。柚木の白い指から出てくる、細くて、弱くて、折れそうな音色。でも人の一番大事な所を鋭く突き刺すような音色。あの音はもしかしたらもう聞けないのかもしれない。
 柚木が目を覚ました。酸素を淡々と供給するマスク越しに側にいた俺の方を見ながら申し訳なさそうに微笑んだ。
「起きたか」
「……お母さんは?」
「お前のパジャマとか取りに行くってさ」
「そう」
 マスクの裏側からもごもごと声が聞こえてくる。柚木独特の柔らくのんびりした声なのだが、目の奥にいつもの光がない。そうか、柚木は倒れたんだなと、今更ながら思ってしまい、その途端、腹の底に金属の塊が入ったかのような重い感覚が走った。
「うむむ……うん……気持ち悪い……」
「いいぞ。無理するな。寝てろ」
「鷲」
「何?」
「このままじゃ一緒に高校行けないね」
「そんなこと言ってないで早く寝てろこのボケ」
 柚木はかなり長く入院する予定だった。退院できても学校に行けるかどうかもわからない。俺もつらいが柚木はもっとつらいだろう。
「ねぇ鷲」
「いいから無理するな」
「私がいなくても高校でバンドやってね」
「っ……」
「鷲が高校でバンドやってるところが見たいんだ」
「……」
「お願い……」
 そこでHPゲージかなにかが切れたかのように柚木は目を閉じた。少し話して疲れてしまったのだろう。俺は頭を抱えて無機質な灰色の床を見つめた。バンド……自分が倒れてるときにそんなことを気にしてるのか。柚木がいなくてもバンドをする……考えていなかった。俺は柚木が好きで、柚木と一緒にいたかったからバンドを、ベースを、音楽をやっていた。何だこの台詞気持ち悪い。
 だから柚木のいない高校でバンドをやるなんて……無理だろそんなの。バンドメンバーが集まらん。中学の時のバンドは柚木が自分の交友範囲の中から色んな奴を焚きつけて集めたメンバーだったし、ひとえに柚木の明るさと社交性の(悪く言えば強引さの)賜物だったのだ。それと同じことを? 俺が? 無理だ。人を集めようにも、そもそもの問題としてまず人に話しかける方法すら自信がない。きっと話しかけても、中学校の英語の教科書の最初の方に載っている会話文的なやり取りで終わってしまう。「こんにちは」からの「はじめまして」。そして「私は桂木鷲です」からの「お元気ですか」。日本語教室かよ!
 くそーなんかバンドをやる部活でもあれば……あれ?
 そういえばありましたね。バンドをやる部活が。



 こんな感じで俺は軽音部に入ることを決定した。
 薄っぺらな俺の割に意外に重い理由である。
 さて。ここがはじまりだった。
 地球上の俺以外の約六十億人の人間全員にとってすごくどうでもいい話の。
 そして
 俺にとっては大事な、大事な物語の。






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